9・アルマジロな日々 番外編

​著・シチミ大使

 ――僕は、アルマジロの歩間次郎。

 名前をつけてくれた人のところに今、向かっています。

 とことこの四本足とぷくぷくに丸まることのできるこの身体はとても自由ですが、やはり人間の足には敵いません。

「取ったー!」

 後ろからキャッチされて僕は驚愕に目を回してしまいます。緑色の髪の子が、僕を持ち上げて高々と掲げました。

「小動物じゃん! よぉーし、サッカーの時間だよー」

 この女の子の名前はエルニィ。サッカーがとても大好きで男の子みたいに活発な子です。

 この子にかかれば、僕の自慢の丸まるの身体もたちまちサッカーボールです。リフティングを決められ、このまま今日は一日サッカーボールか、と諦めたその時でした。

「え、エルニィ! 駄目だってば。次郎さんだって動物なんだから」

「何で? だってほらぁー、南米ではアルマジロって食べられるんだよ?」

「えっ、そうなの?」

 きょとんとこちらを見つめる黒髪の女の子は、僕のお友達の一人です。

 青葉は僕を仔細に観察すると、でもやっぱり、と頭を撫でてくれました。

「食べちゃうのはかわいそう」

 青葉は僕のことを大切にしてくれるから、とても大事な友達です。「ご主人」のように無茶振りもしませんし、なによりもこの場所では一番「普通」です。

 ただ……。

「うっ……! 青葉、すごい刺激臭だよ……。プラモ作ってたでしょ!」

「えっ……、エナメル溶剤がついちゃったのかなぁ……。って、あわわっ! 次郎さん!」

 ……時々、地獄のような目に遭わされます。

 青葉は“ぷらもでる”というのを作るのがとても上手です。最近ではここにあるものを“すくらっちびるど”するのが日課のようで……。

「小動物、呼吸してないよ!」

「何とかしなきゃ……。そうだ! 水を飲ませたら、マシになるかも!」

 青葉とエルニィに運び込まれている間にも、地鳴りのような音が響き渡ります。

 ここ――ブラジルに来てからというもの、驚くことばかりです。ヒトは多いし、食べ物はないし、僕の大好物の虫はほとんど見ません。

 僕の故郷の森林では地鳴りと言えば「ジンキ」とか言う大きな人の形をした機械だけでした。

 それがなんというか雑多で、人混みに溢れていて、人間の話し声だけでも充分に津波のようなこの場所は僕にとっては新鮮で。それでいて、僕と青葉、それにエルニィと……。

「おっ。何だ、こいつ。オレのほうじっと見やがって」

 ……相変わらず素行の悪そうな顔です。昔は傷なんてなかったのに、目の下に傷がついてから余計に凄味が増しました。

 僕が鳴いて威嚇してやると、相手はぎゅっと僕の頭を掴んで持ち上げます。アルマジロの平均体重はそれなりなので、普通の人間じゃあり得ない握力です。

「両兵! 食べちゃダメだよ! 次郎さんがかわいそう!」

「うっせ! こいつが生意気な間抜けっ面してるからだろうが」

 エルニィがその様子を見て笑い声を上げます。

「小動物ってば、ナマイキだなぁー」

「あのよ、青葉。……今朝、電話のあった野郎のことも気になる。正直、モリビトでバックアップも考えていたくらいなんだ」

 囁きかけた両兵に青葉は深刻そうに頷きます。

「うん……。でも、ルイに会えるって。それに南さんも……気になるし。軍に行っちゃったって」

「らしいな。ったく! オレたちのいねぇ間にとんでもないことになってやがる。話じゃ、マセガキが血続だって? ンなもん、信じられっかよ」

「……両兵は、ルイの操縦……」

「あン? 知ってっよ。ヘブンズってのも案外、こけおどしじゃないってくらいはな。それに、あの時の模擬戦、ファントムで勝ち取ったとは言え、相手の動きの連携も凄まじかった」

 どうやら僕の知らない「ご主人」の話をしているようです。

 僕は密林で育ちました。

 物心ついた時にはもう、鋼鉄の巨人が大地を蹴っているのは当たり前で、お腹に響くその地鳴りと戦いはいつものように繰り広げられていました。

 僕らの中にはあの巨人を怖がるものもいたみたいで。多くの仲間と家族、それに色んな動物たちが「あれは危険だ」って言って逃げていったのを覚えています。

「命の根源で動く忌むべき巨人」、「人間の造り出した最悪の存在」……。

 難しいことは僕にも分かりません。

 何があって、何が起こっているのかも。だけれど、僕は見たんです。

 あの巨人が、とても大きな鍵穴の怪物と、戦って勝ってくれたところを。

 今でも思い出せます。

 あれは、僕と家族が逃げ遅れた時でした。

 スコールが岩礁を洗い流して、僕らみたいな小さな動物は一度、森林まで降りて、人間の作った鉄の屋根のある場所を間借りするのが生まれた時から教え込まれてきた生きる術です。

 森林地帯から水辺のある河まで下ろうとして、一晩かかるので僕ら家族は一夜を明かすべく、巣穴に潜り込んでいました。

 そんな時に現れたのです。

 銀色に輝く鍵穴の怪獣。

 大地に轟く叫びを伴わせて、それは彼ら人間の居住区へと進軍して来ました。

 動物たちはみんな、一斉に逃げたと思います。この世の終わりだ、とか、そういう言葉がいくつも聞こえてきました。

 僕は……家族と一緒に逃げようと気づいた時には、倒れた巨木がお母さんの上に横倒しになっていました。

 鍵穴の怪物は青い巨人を圧倒します。

 どうしたって、助けなんて来ない。このまま死んでしまう。みんな……何もかもなくなってしまう――。

 そう思った、その時でした。

『しつこいってのよ! こいつっ!』

 突然に現れた、鋼鉄の巨人が鍵穴の怪物を突き飛ばしたのです。頭がガラスになっているその巨人は、そのまま大きな小屋のある場所まで怪獣を追い詰めました。

 その間に逃げようと、僕はお母さんの上に落ちた巨木を取り払おうとしましたが、やはりというべきか、僕の力ではまるで動きません。

 先に逃げて、と告げるお母さんにその時の僕はどうしてでしょう。絶対に裏切れませんでした。

 ここで逃げたら、何もかも終わる。僕らの平穏も、それに人間たちだって。

 諦めるわけにはいかない。諦めない。そう決めた、その時です。

 青い巨人が鍵穴の怪獣と向かい合い、立ち塞がったのです。

 それは、恐らく偶然だったのでしょう。

 怪獣の伸ばした触手を掻い潜り、青い巨人はその巨体に体当たりしました。

 その時の衝撃で、僕らは吹き飛ばされました。

 幸いにして、お母さんはほとんど無傷で、僕もただ目の前の光景に、呆然とするばかりでした。

 青い巨人――三つの眼を持つ機械の人型の名前は《モリビト2号》。

 そう、呼ばれているのを知ったのは「ご主人」に出会ってからです。

 怪物の触手攻撃をかわした《モリビト2号》は敵の懐に潜り込み、そのまま格闘戦術を叩き込んだその直後には、腹腔に響く破砕音が密林を眩く染め上げます。

 打ち上げられた敵をその巨体の突き上げ蹴りが破り、怪獣は内側より爆発しました。

 その光景を今でも覚えています。

 モリビト2号が僕らを救ってくれたこと。そして、彼らはまた、再び立ち上がろうとしていることを。

 青葉と両兵、それにエルニィはブラジルの地下格納庫で僕の家族を救ってくれた、英雄のような機体を作り直してくれていました。

 この数日、僕はそればかり思っていたような気がします。

 あの時、僕らのために戦ってくれた、機械の巨兵。その赴く先にあるのがたとえ破滅だとしても、僕は信じたい、と。

 そして信じるに足る存在が、僕にはあります。

 僕はその人影を見つけて、一目散に駆け寄りました。

「ご主人」は銀髪に怜悧な眼差しで青葉を睨んでいます。

 足元の僕を足蹴にして、彼女は無言をこちらに向けました。

「黄坂ルイ」。僕の――「歩間次郎」の名前をつけてくれた、僕の「ご主人」。

 今は……ちょっと素直じゃないかもしれません。

 でも僕は知っています。

 青葉と両兵が僕らを助けてくれた。「ご主人」が僕に名前をつけてくれた。エルニィがあの時のモリビト2号を作り直してくれた。

 きっと、これからもそのように繋がっていくのだと。

 だから、家族とは離れ離れになっても怖くはありません。

 僕には彼らの絆が、今もしっかりと見えているからです。

 だから、彼らの「これから」に多くの辛いことがあったとしても、それをきっと乗り越える強さが、僕にとっての輝きなんです。

 これが僕の……小さな小さな「歩間次郎」の物語。

 そして連綿と続く、「人機」に愛された、一人の女の子の物語なのです。

とことこの四本足とぷくぷくに丸まることのできるこの身体はとても自由

​著・シチミ大使

© 2018,2019 綱島志朗 公式サイト 合同会社TAK