7・シークレット ミッション

​著・シチミ大使

 慣らし運転で構わない、という言葉を受けてコックピットに収まったエルニィは眉をひそめた。

「あのさ、そもそも今回のミッションからして慣らし運転なんてレベルじゃないでしょ? 何せ、ボクの人機なんだから」

 コンソールを撫で、エルニィは通信先の相手に応じる。

 南はどこか苦笑を浮かべた。

『正直、この任務を請け負ってくれるとは思っていなかったわ。あんただって、それなりに意地はあると思っていたし』

「言いたいことはごまんとあるさ。それに、ボクのトウジャを性能試験の……言っちゃえば米軍を黙らせるための道具にしちゃうってことでしょ? 何だかな……」

 ベネズエラ軍部は人機開発の是非をその大元である米軍に吸収合併される危機に瀕している。そうなれば大金の流れが変動する。それをアンヘルへの影響力として軍部が打診。結果、現状のアンヘルができる最大限の貢献を、という形で米軍とのこう着関係は「一旦は」収束した。

 しかしそれは、上のお歴々が決めたことに他ならず、下々はまだ御伺いを立てなければ人機の一挙手一投足ですら自由ではない。

 カラカスに核が落ちてからというもの、世界は一変した。

 兵器市場は塗り替えられ、裏の世界では鋼鉄の巨人の売買でひしめいている。人機をどの国がどれだけ押さえるか、という小競り合いが実行される中で、米ソの緊張関係を加速させる形にならなかったのはやはり、とエルニィは憶測を述べていた。

「……八将陣、だっけ」

『情報通りならね。そいつらが先導する組織、キョムの実効支配にある第三国……。そこへと輸送される人機の破壊ミッション』

 諳んじられてエルニィは嘆息をつく。

「気乗りしないなぁ、やっぱり。ボクの役目じゃなくって、軍人の役目だよ」

『人機開発の立役者でしょ? 立花博士』

 そう言われてしまえば立つ瀬もなく、エルニィは再三の通信要請に対して、別チャンネルを開いていた。

「そっちは何?」

『現在、コンテナにて移送中のトウジャマークⅡのステータスを参照したいと、上層部から要請が来ています』

「トウジャマークⅡじゃないよ。《ブロッケントウジャ》だ。ボクの造った新しいトウジャタイプにそんな無愛想な名前は付けられない」

『では……《ブロッケントウジャ》は本当に八将陣を倒せるのか、という詰問が先ほどから……』

 うんざりして、エルニィは肩を竦める。

「じゃあ上に言っておいてよ。こちとら現場主義なんです、って」

 通信を切り、エルニィは頬杖をついて南へと応対した。彼女は通信先で笑う。

『疲れてる?』

「ちょっとばかし、ね。《シュナイガートウジャ》が奪われて、その犯人探し、ってなっているのに、これだもん。やってられないよ」

『もしかしたらそっちの犯人も挙げられるかもよ?』

「そんな都合よくはないでしょ。まー、いいよ。ボクだって操主なんだ。《ブロッケントウジャ》がどれだけやれるか、でしょ? 見せてやる」

『ミッション開始まで残り百セコンド。降下予測地点のマップを送信します』

 送られてきた任務の概要に目を通し、エルニィはまだ試作段階のRスーツを身体に密着させる。

 空気を抜いた試作Rスーツは黄色と灰色のツートンカラーだ。

 人工アルファーによる性能試験も兼ねた今回、失敗は許されない。

「ボクだけのシークレットミッション……。達成してみせる」

『コンテナ、開きます。《ブロッケントウジャ》、発進どうぞ』

 コンテナが開き、視界に入ったのは埋め立てられた白銀の基地である。宵闇の静寂が降り立った基地を眼下に、エルニィは腹腔より声を発していた。

「了解。《ブロッケントウジャ》! エルニィ・立花。出るよ!」

 コンテナとの接合部が解除され、黄色に塗装された《ブロッケントウジャ》が空へと解き放たれる。その背中に装備されたリュック型の装備が可変し、三対の翼が開いた。

 地面への落下前に推進剤の青を焚き、《ブロッケントウジャ》が飛翔を得る。

 敵基地の銃座がこちらを睨み、一斉砲火を仕掛けてきた。その包囲網を《ブロッケントウジャ》は軽やかに回避し、舞い遊ぶかのような高機動で避け切る。

 血続トレースシステムの精度は良好、と脳内に結んだエルニィは《ブロッケントウジャ》が有する装備を顕現させた。

「シークレットアーム!」

 両肩の内側に格納された隠し腕が伸長し、背面武装ユニットに装備された連装レールガンを《ブロッケントウジャ》の手へと導く。引き金に指をかけ、武装がアクティブになったことを確かめた瞬間、エルニィは丹田に力を込めた。

 レールガンが火を噴き、青白い弾頭が基地を射抜く。銃座が燃え盛り、誘爆の火花が散る。

 攻撃の手を緩めるつもりはない。相手はキョム。この世界を混沌へと陥らせる源だ。

「……一方的な無敵ゲーって嫌いだけれどさ。やらせてもらうよ!」

火の海と化した基地より数機の黒い人機が飛び出し、こちらへと狙いをつける。敵機照準警告が鳴り響く中、エルニィは加速度をかけた。

推進剤の尾を引いて敵人機――《バーゴイル》から距離を離していく。開いた距離を埋めようと敵がプレッシャーライフルを絞るが、その火線は読むまでもない。

 振り返り様、レールガンを一射すると、自動操縦の《バーゴイル》は頭部を打ち砕かれ、基地へと落下した。

「……諦めてくれないところは本当、悪の組織って感じだよね」

《バーゴイル》が挟み撃ちをかけるべく、一機が前に出る。エルニィは《ブロッケントウジャ》で前を塞いだ機体へと飛び込んでいた。トウジャ特有の長い足で敵を蹴り、靴裏のバーニアで回転蹴りを叩き込む。

 もつれた黒カラスへと、エルニィは唇を舐め、照準した。

「ボクを倒すんなら、もっとうまくやりな、よっ!」

 レールガンの一撃が前方の《バーゴイル》を粉砕する。粉塵を引き裂き、《ブロッケントウジャ》はマップに記された重要拠点を目指した。

「《バーゴイル》が出たってことは、そろそろ敵の本丸に近いってことかな。単騎ミッションなだけが痛いけれど、でも、この程度なら――」

 刹那、通信に砂嵐が混じる。突然のジャミングにエルニィはハッと顔を上げた。

 自動操縦の《バーゴイル》が妨害電波を受けて佇む。自軍の兵隊でさえも進ませない腹積もりであるのなら……。

「ここから先に、何かあるって、言っているようなものじゃん……!」

《バーゴイル》が距離を取って光条を絞り出した。その光線の射線を抜けて、《ブロッケントウジャ》は大地へと降り立つ。

 銃座が狙い澄ますのをエルニィは弾切れになったレールガンを盾にして防いだ。

 誘爆する前に捨て去り、背面ウエポンユニットから新たなる装備を引き出す。

 サブマシンガンに切り替えたエルニィは銃座を一掃すべく照準を絞ろうとした、その時である。

 血続の神経か、あるいは先天の習い性か。

 肌を粟立たせる殺気の波に、機体を横滑りさせた。

 トウジャ特有の機動力で回避したエルニィはすぐさま銃撃を浴びせる。その一打を防いだのは敵人機の伸長する腕であった。

 コンセントの形状を模した武器腕を不明人機が振り回し、《ブロッケントウジャ》へと襲いかかる。

 銃撃網でその攻撃をかわそうとしたが、敵の腕に触れた途端、銃弾が跳ね上がった。一発一発に青い閃光が纏いつく。

 まずい、と判じたエルニィが咄嗟に腕を交差させてコックピットを保護させる。

 それと跳ね上がった銃弾が反射されたのはほぼ同時。

 《ブロッケントウジャ》の全身に攻撃力を増大させた銃撃がもたらされる。

 敵人機はワイヤーで接続された武器腕を引き戻し、その面持ちで睥睨した。

「……やるじゃん。オールレンジ攻撃、ってやつ? しかもリバウンドのオマケ付きか」

 相対した敵機の識別信号がもたらされる。どうやらベネズエラ軍部のデータにはあったらしい。

 敵人機――《ゴルシル・ハドゥ》より注がれる殺意の波はまだ止まらない。それでもまだ正体が割れただけマシだ、と自分に言い聞かせた。

 白亜の人機は両腕を突き出し、こちらへと戦意を向けてくる。

「何者、って聞くのも野暮かな。ここを守っているっていうのは、つまり敵だもんね」

『……名乗っておく。八将陣が一人、マージャ。この人機は我が愛機、《ゴルシル・ハドゥ》。その改良機』

 もたらされた音声は機械のように抑揚がない。能面のように特徴のない人機の顔と相乗して、敵にはまるで「個性」がなかった。

「へぇ……八将陣。運がいいのかな。早速、敵幹部とお目見えなんて」

『……巡り合わせは悪い。その人機、新型と見えるが……ここで撃墜されてしまう』

「それは、こっちのセリフ! 行くよ! 《ブロッケントウジャ》!」

 中距離武装を捨て、持ち替えたのは槍である。槍の穂を下段に突き出し、エルニィは《ゴルシル・ハドゥ》へと距離を詰めた。

 白亜の能面を晒し、敵はすぐさまそれに対して武器腕による攻撃を見舞う。槍で弾き返し、浴びせ蹴りで応戦した。

 すかさず靴裏バーニアによる連撃。しかし今度はそううまくも決まらない。相手も心得ているのか、制動用の推進剤を焚いて互いに距離を取る結果になった。

 舌打ち混じりにシークレットアームが導いた対人機ライフルを片腕で保持し、引き金を引く。

 敵機は武器腕を伸長させ《ブロッケントウジャ》の照準をずらした。ライフルの弾頭は明後日の方向を射抜く。

 ――この実力……。

 エルニィは歯噛みする。

 間違いなく自分より上、しかもエースクラスだ。血続としての性能でもない、相手は操主として遥か高みにいる。

《ブロッケントウジャ》が地を踏み締めた時、不意にアラートが鳴り響いた。

「……姿勢制御システムに異常? こんな時に……!」

 その一瞬の隙を敵は見逃さない。直上より迫った武器腕による打ち下ろし攻撃が《ブロッケントウジャ》の姿勢を崩した。もう一方の腕が眼前より突きつけられようとする。

「シークレットアーム!」

 引き出された隠し腕が敵人機の腕を挟み込むが、膂力では遥かに相手のほうが上であった。振り回される形で《ブロッケントウジャ》は宙を舞い、そのまま基地の地面を滑った。

 注意色に塗り固められたステータスを目にする前に、相手の腕が真上を取る。コックピットを粉砕する勢いを伴わせた敵の一撃を《ブロッケントウジャ》は咄嗟の反応で槍を突き上げていた。

 敵の狙いが僅かに逸れ、コックピットのすぐ脇の地面を抉り取る。

 荒い呼吸をつき、エルニィは槍を回転させた。ワイヤーが巻き込まれ《ゴルシル・ハドゥ》がたたらを踏む。

 背面武装庫からガトリング砲を取り出し、《ゴルシル・ハドゥ》へと狙いを定めた。

 火を噴いたガトリングの猛攻を相手は片腕を翳して防御する。反射攻撃が来る前に、エルニィはガトリングを捨て横っ飛びで回避していた。

「……やっぱり実体攻撃じゃ通用しない」

 かといって、リバウンド武装は持ち合わせていない。現状では削り合いが続くのみだ。

 ――どうする? と問いかけた脳内に不意打ちの照準警告が耳朶を打った。

 空中展開していた《バーゴイル》がプレッシャー砲を無数に照射する。それを回避し様、背面武器弾薬に一部が触れた。

 引火する前に武器庫をパージする。まだ余裕のあった武装が爆発の光に抱かれ、完全に焼失する。

『……王手、だな』

 マージャの声にエルニィは爆発しそうな鼓動を感じながら、それでも笑みを浮かべてみせた。

「……どう、かな」

『……武器は尽きた。せいぜい、持っているその槍くらいか。強がるものではない。そのトウジャタイプ、我が主は興味深いと言っている。研究対象としてならば悪い待遇はしない、とも』

「冗談! ボクのトウジャに誰も触れさせるもんか。お前らキョムになんて、絶対! ね」

『……強がりも、過ぎれば醜いだけだ』

 敵が両腕を発射する。片腕を槍で受け、もう片方の腕が横合いから入ってくる。回転させた槍の穂で一撃を受け切ろうとするが、空中からの《バーゴイル》の支援がこちらの自由を奪った。

 動きを鈍らせた獲物を逃すほど、相手も愚かではない。

 ワイヤーの腕がバーニアを焚いて勢いを増し、《ブロッケントウジャ》を基地の端まで追い込んだ。

 人機が海へと没する。

『……決着はついた、な。主はこの結果でも充分に喜ぶはずだ』

 マージャが人機ごと、身を翻そうとする。

 その時であった。

 白亜の人機の足元が不意に砕ける。

 《ゴルシル・ハドゥ》に収まるマージャは基地の銀盤を砕いて伸びた黄色い装甲の腕を目にしていた。

 そのまま引きずり込まれる。

『馬鹿な……。海の中で行動なんて……』

「残念だったね。ボクの開発したこの人機は! 陸海空、全てに対応できる新型なんだ!」

 海中航行用のシステムに切り替えた《ブロッケントウジャ》は敵人機の頭部を押さえ込んだ。

 相手がもがくが、海の中で専用でもない人機はまるで意味を成さない。武器腕が鈍り、その機体へと装甲の継ぎ目から浸水する。

 エルニィは海中で《ブロッケントウジャ》に槍を掴み直させた。短く保持した槍の穂を《ゴルシル・ハドゥ》の血塊炉へと狙いを定める。

「墜ちろぉっ!」

 刃が血塊炉へと入り、敵人機が静かに沈黙した。《ブロッケントウジャ》が相手を蹴りつけ地上へと舞い戻る。

 その直後、爆発の余韻が腹の底に響いた。

 海の中で相手は大破したのか、それとも水圧に負けたのかは分からない。だが、ここでの勝利は大したもののはずだ。

 空中展開していた《バーゴイル》が飛び去っていく。

 最早、基地は捨てた、ということなのだろう。

「はは……、ボロボロだなぁ。ボクもこいつも」

 乾いた笑いを浮かべつつ、エルニィは基地中心部を目指した。邪魔するのは自動照準の銃座程度で、後は容易い。

 基地内部の隔壁を引き裂いた時、内奥に収まる人機を視界に入れた。

「……あいつも破壊しないと」

 歩み出そうとしたその時、整備ブリッジに人影を見つける。

「……誰だ……? 敵……?」

『いい人機だね。陸海空、全てに対応する。それに先の戦闘を見ていたら分かった。その人機、まだ可能性がある。換装システムか……面白いコンセプトだ』

 一瞬にして《ブロッケントウジャ》の内部を看破して見せたその声の主にエルニィは身構えた。

「誰なんだ……!」

『まだ、かな……。まだ姿を見せる時じゃない。《バーゴイル》』

 放たれた声に残存していた《バーゴイル》が《ブロッケントウジャ》へと襲いかかる。その捨て身の攻撃にエルニィは舌打ちを漏らしていた。

《ブロッケントウジャ》の頭部に位置する穴から細い銀糸が紡がれる。一瞬にしてボール型の武装を構築した銀糸をエルニィは蹴りつけさせていた。

「ボールアルファー……シュート!」

 爆散した放射熱が《バーゴイル》の回路を焼き切る。その時には、隔壁の奥に収まっていた謎の人機共々、人の気配は絶えていた。

 動きを鈍らせた《バーゴイル》の頭部を砕き、《ブロッケントウジャ》は空を仰ぐ。

 任務完了を関知したのだろう。帰投用のヘリが空中を飛び交う。

 しかし、とエルニィは拳を握り締めていた。

「まだ……終わっていない。何もかも」

 むしろ、ここからなのだ。

 ――ここより、全てが始まる。

 その予感に彼女は打ち震えていた。

カラカスに核が落ちてからというもの世界は一変した。

裏の世界では鋼鉄の巨人の売買でひしめいている。

​著・シチミ大使

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