5・銀翼の系譜 前編

​著・シチミ大使

前編

 

 燃え盛るのは絶海の地平。

 エメラルドに染まっていたはずの海は、灼熱を湛え水平線を赤く煮え滾らせる。闇夜を淡く、それでいて後戻り出来ない光が景色を満たしていた。

「……壊れてしまった」

 何もかも、全て。彼女の信じていたものは、焼け落ち、砕けそして崩壊の一途を辿った。

 長い金髪を煤けた風になびかせ、彼女は地面に転がっていた拳銃を手にする。これも暴力の一つ。結実した、破壊の果実。人類が手にした、制圧という名の一個手段。

 そのようなもの、この手には一生馴染まないと思っていた。馴染む事などないと、思いたかった。

 だが、この焼け落ちた世界はどうだ。

 全てを拒む煉獄。この世の終わりがあるとすればここなのだと、誰の目にも映らせる。ヒトは、争い合うしか出来ない。それが望むにせよ、望まないにせよ、何もかも、転がっていくばかりなのだ。

 世界はあの日より変わってしまった。

 否、変わらざるを得なかった。残酷にも無情な選択肢の中で、ヒトは選び取る。

 ――死と抑圧か、それとも抗いと痛みか。

 抑圧される側にあるなど、と彼女は奥歯を噛み締める。銀色の瞳が宿縁の炎を照り返し、銃口は空に向けられた。

 数発、抗いの叫びと共に銃声が木霊する。

 身を翻した彼女にはもう、信じるべきものは何一つなかった。

 この手に確固として存在する「暴力」という名の信念以外、この時彼女は捨て去ったのだ。

 ――だから、私がいる。

 

 あの日より変わってしまった、なんて戯れ言。

 少年は見知った極彩色の街を駆け抜ける。ここは自分の庭だ、と嘯いてみせても、それは仲間内だけの話。実際に敵対手段を持つ相手からしてみれば、庭どころか体のいい鳥籠に誘い込まれた獲物だろう。

 逃げ場なんてない。そんな事は分かっている。どれだけ息を切らしたところで、どれだけ走り靴底をすり減らしたところで、それは同じ結末。終幕の先送りだけにしかならない。

 銃撃に彼は振り返っていた。相手の殺意は本物だ。本気で自分を殺すつもりである。それが何よりも実感として伝わる。肌をひりつかせる殺意の波。恐ろしいほどの密度が首裏に汗を滲ませた。

 荒く息をつき、彼は道を折れ曲がる。

 その時、過ちに気づいた。

 この道は袋小路。そう気づいた時には、既に退路は失われている。

 禿頭の男達が二人、すっと拳銃を掲げる。はは、と彼は乾いた笑いを浮かべた。

「お得意さんだよね? 組織の。いやはや、飼い犬根性染み付いてんなぁ、って」

 銃声に彼はびくついた。どうやら冗談は通じないらしい。

「……上はお前の持つファイルさえ返してもらえれば、命だけは助けてやると言っている」

「おたくら、ウソ、下手だね。分かるんだよ。だって普通ならさ、手ぇ差し出すだろ? 渡せばいい、じゃない。殺して奪い取れってね」

「……分かっているのなら話は早い。頭ぶち抜かれて死ぬか。もっと楽な方法で死ぬか選ばせてやる」

「どっちにしろ、おれ死ぬわけか」

 今度は笑いも出なかった。どうにも、逼迫した状況というのは人間の持つ情緒でさえも麻痺させるらしい。

 仲間内ではいつでもムードメーカーだっただけに、こういった事態でどういう顔をすればいいのか、彼には分からなかった。

 泣いて許しを乞えばいいのだろうか。それとも、立ち向かって勇敢に死ねとでも?

 いずれにせよ、自分には馴染まないな、と嘆息をつく。

「ここでおれを殺せば、もうファイルは手に入らない」

「嘘が下手だな。ラキ・アーメイル。お前はヤクのさばき方もまともに知らないくせに、手癖だけは一級品だと聞いている。お陰様で色々と握っているとでも」

「ああ、そう。ボスは用済みだって? あんな事やこんな事を知っているおれが、まぁちょうど始末出来て、御の字ってわけか」

「……知り過ぎたんだよ。温情はない」

「そいつはどうも。……死ぬ前に一服、いい?」

 懐に手を入れる前に、足元を銃弾が跳ねた。さすがに事ここにおいて自分の一挙手一投足には注意が走らされている。

「要求はシンプルだ。渡して楽に死ぬか。渡さずに惨く死ぬか」

「どっちにしろ死ぬ、ってのは……イマイチ情緒に欠けるよな」

「お喋りはそこまでだ。ラキ。そのよく回る舌共々、ここでお陀仏だな」

 手は尽くした。やれるだけの最大限は。だからここで死ぬのはある種の末期。もう、やれる事はない。絶望も悲観もしないが、代わりにあるのはやけっぱちの理性であった。

 ああ、こんなところで。なら、もうちょっとだけ道を踏み外してもよかったな、という悪童らしい後悔。

 手を上げるのも馬鹿馬鹿しく、せめて最期はそれらしく死にたいと覚悟を決めたその時であった。

「……貴様らか。ここ一帯を仕切っているのは」

 視界に入ったのはこんな袋小路に現れるとは思えない美女であった。

 コートを着込んだ美女は切り揃えた金髪を風になびかせ、こちらを睨む。

 その猛禽類のような瞳が銀色に煌いた。

「……なんてぇ、綺麗な眼……」

 そんな言葉が口をついて出たのはどうしてだろう。男達は美女に拳銃を向ける。

「何だァ? 客引きの女が道でも迷ったか? さっさと消えろ! このアマ!」

「そういうわけにも――いかなくてね」

 滑らかに、まるでルージュを引くかのような自然な動作で、美女は銀色の拳銃を突き出していた。

 その動きがどうしてだか浮世離れした動きだったためか、あるいは油断していたのか。

 片方の男の腕へと銃弾が吸い込まれるように撃ち込まれる。まさか、何の躊躇もない殺意など微塵にも感じていなかったのだろう。もう片方が慌てて照準するも、それは遥かに遅い。

 二発目の銃撃は男の大腿部を射抜いていた。呻きながら転がった男の鳩尾へと、歩み寄った美女が蹴りを浴びせる。

 どこまでも冷徹。しかしながら、流麗ささえも感じさせる佇まいにラキは絶句していた。

「教えろ。貴様らが裏で結託している組織の名前を。そうでなければ」

 銃口がこめかみに当てられ、男は叫んでいた。

「し、知らねぇ! 俺達は金で雇われた殺し屋で……」

「ならば……用はない。眠れ」

 銃身が男達の後頭部を叩き据える。人体の急所を理解した一打が呻き声さえも上げない眠りへと誘った。男の懐を美女は漁るが、直後に舌打ちする。

「……本当に関係のない末端か。無駄弾を使わせてくれたな」

 踵を返そうとした美女へとラキは無意識に言葉を投げていた。

「あの! あんた……!」

 振り向けた一瞥にはまさしく刃と言うに相応しい鋭さが宿っている。寄らば斬る、とでも。

「組織の差し向けた……刺客か? でもおれ、そんな綺麗な眼をした刺客なんて……」

 知らない、と言いかけて口を噤む。突きつけられた銃口が二の句を封じていた。

「お前……死にたいのか?」

「いや、その……。だって、こいつらだけじゃないだろ? おれの盗んだファイルを、あんたは取りに来たんじゃないのか?」

「ファイル? 何の話をしている」

 喋り過ぎた、とラキは口元を覆う。これだから「下っ端ラキ」の名前が組織に知れ渡ってしまったのだ。言わないでいい事まで言ってしまうのは自分の悪癖であった。

「いや、その……忘れてくれて構わない。おれは、ちょっと外の空気を吸いたくって……」

 誤魔化し笑いでも、相手は逃がそうという気はないらしい。歩み出しかけたラキを銃弾が制した。

「……動くな。貴様の知っている、全てを吐け。そうでなければ殺す」

「お、おっかない事言うなよ! あんたみたいな綺麗な眼の人が、……殺すなんて」

 銃弾が頬のすぐ脇を掠めた。ひりつく痛みに手をやると、薄皮が切れている。

「……次にその世迷言を口にすれば、今度は眉間にくれてやる」

 美女から発せられる殺意は本物だ。本物の殺気に中てられたラキはよろめきながら、待ったをかける。

「冗談! 冗談だって! あんたの逆鱗に触れたのなら、謝るよ」

「ファイルと言ったな。……ともすれば繋がっているかもしれない。ここでは目立つ。ついて来い」

 顎をしゃくった美女にラキは呆然と立ち尽くしていた。足元には自分を殺しに来たヒットマン二人分が失神している。だがそのようなもの、まるで意に介していない美女の立ち振る舞いにただ困惑するばかりだ。

 どう考えても裏稼業に精通しているようなかんばせではないのに、その瞳だけはどうしてだろうか。深い哀しみに沈んでいるような気がしてならない。だからこそ、美しく思えたのだろうか。

「あの……あんたは?」

「……メルJ。メルJ・ヴァネット」

 ぶっきらぼうに応じた美女にラキは頬を掻く。

「あ、おれ、ラキ。ラキ・アーメイル。ギャングの下っ端やってる……」

「時間が惜しい。幸いにして、今は好都合だ」

「好都合って……」

 言いかけたラキはその瞬間、空を黒い影が覆っているのを目にしていた。赤黒い天蓋。白昼であったはずの街が深層の宵闇に沈む。

「こりゃ……」

「ロストライフ現象。聞いた事くらいはあるだろう」

 ――ロストライフ現象。聞きかじった事は確かに、裏稼業ならばそれなりにある。全世界規模で起こっている謎の生命消失現象だ。一つの街がそのまま地図ごと消える事もあれば、街の人々が皆殺しに遭う事もあると言う。だがその実情は依然として不明。大国が調査に乗り出すのも時間の問題とされた現象が……。

「これが……ロストライフ現象だって? 急に暗くなって――」

 刹那、ラキの足元をメルJが蹴りつける。よろめいたラキはそのまま石畳へと身体を打ちつけた。文句を発する前に、先ほどまで頭があった空間を引き裂いた光が建物ごと掻っ切っていったのを腹の底に響く轟音で感知する。

 黒い闇を引き裂いて現れたのは巨大な人型であった。

 カラスのような漆黒の装甲を身に宿した鋼鉄の巨躯。空を飛べるはずなんてない叡智の結晶が暗礁の只中にある街を俯瞰し、その手に握り締めた奇異な形状の銃を照射する。

 紫色の光条と共に建築物がまるでピザを切るかのごとく切り刻まれ、破砕されていく。

 自分のようなごろつきの浅学でも分かる。これは「終わり」を想起させる光景なのだと。

「あれは……人の形をした……機械?」

「人機だ」

 澱みのない口調で告げたメルJがコートから鉄片を取り出す。矢じり型のそれが淡く緑に輝いた。

「呼ぶぞ。――来い! 《バーゴイルミラージュ》!」

 メルJの声に気づいてか、一機がこちらに向けて飛び込んでくる。ラキは咄嗟に身を縮めていた。

「危ない! あんたも!」

「必要ない」

 断じた声は照準された光条の前に塵芥に還るかと思われた。しかし、その光を何者かの手が地面より突き出て阻む。

 鋼鉄の腕。それが自分達を守ったのだ、と知れた時、地表が捲れ上がっていた。地の底より出でたのは敵と同じ姿を取る巨人である。

 黒いカラスが敵意と害意の視線を向ける。銀翼より燐光を散らせ、その機体は出現していた。

 全身が鏡のような光沢に包まれている。両手両脚は黒カラスよりも鋭く、攻撃的に尖っていた。

 赤く眩い眼を持つその機体が自分とメルJを睥睨する。

 試すような眼差しに、ラキは足腰が萎えていた。それに比して、メルJは先ほどまでよりも鋭敏化した殺意で空域を睨み据える。

「蹴散らすぞ。下に乗れ」

 頭部が開き、内側に固定された二つの操縦席が露になる。メルJは迷わず上の座席へと収まった。ラキへと容赦のない言葉が飛ぶ。

「乗らないのならば、ここで死ぬか?」

 先ほどまで組織に始末されかけていたこの命。それが今、脈打っている。

 爆発しそうなほどの鼓動は、初めて見る戦場の景色に支配されていた。

 突きつけられた二者択一。それに自分は……。

 マニピュレーターを蹴り、ラキは下の座席へと収まっていた。見た事もない機械類に眩暈がしてくる。

 そんな最中、頭部が閉じ、銀色の機体が弾かれたように飛翔した。

 敵機の追撃の銃撃を軽やかにかわし、白銀の巨躯は青白い推進剤の火を焚いて高速機動に至る。

 脳髄がシェイクされている気分だった。胃の腑へと荷重が圧し掛かり、ラキはこのまま操縦席で押し潰されるのでは、という危惧に駆られる。

「舌を噛むなよ。《バーゴイルミラージュ》! 敵《バーゴイル》を撃墜にかかる! 数は……三機か。恐れるまでもない!」

「嘘だろ、おい……っ」

 声がかかる前に、銀翼を広げて敵機へと一気に肉迫する。大写しになった悪魔の面構えに臆するより先に発射された弾丸が敵を射抜いていた。

 この機体より発射されたのだ、と実感するよりも速く、急上昇していくコックピットが重力負荷を無視して勢いを増す。

 次なる標的となった敵影が高空へと逃げ去ろうとしたのを、こちらの機体が掴みかかった。

「……逃がさない」

 執念の塊のようなその声音にラキは背筋が凍った。敵機の顔面を殴りつけた拳から減殺し切れないほどの光が乱反射する。

 袖口に仕込まれた銃火器が煌き、敵の頭部をぐずぐずに融かしていた。

 用済みとなった敵を手離し、最後の標的へと矛先が向きかけて、不意に機体が速度を落とす。

「……貧血か。所詮《バーゴイル》の躯体では私の操縦技術に追いつかない」

 敵が円弧を描きながら空へと逃げおおせる。その背中へと吸い込まれるようにどす黒い瘴気が失せていった。

 ラキは目まぐるしく巻き起こった出来事を整理する前にメルJへと振り返っていた。

 彼女は険しい面持ちのまま、逃げた敵機を睨んでいる。どこまでも追い立ててみせる、という眼差しは猟犬のようであったが、それでいてやはり自分には……。

 その瞳の赴く先が、どうしても……。

「綺麗だ……」

 そう口にして、意識は闇に没した。

 

 最初は、ほんの出来心だった。

 ちょっとばかり、組織で発言力が欲しい。ほんの些細な、それでいて誰もが持つ野心。

 しかし、手癖の悪さぐらいが自分の持ち味。組織でうまくのし上がる頭も持ち合わせていないせいか、自然と手段は限られていた。

 ちょっと極秘ファイルとやらを手にしてみたい。その後に組織はどう自分のような下っ端を前に立ち回るのか、興味があった。

 だから、まさか鉛弾という選択肢しかない事には自分でも驚いたほどなのだ。

 それほどに重要な機密を握ってしまったのだろうか。ラキは今も懐にあるロムを意識する。

 これが、自分の生命線。自分の命など、この百グラムにも満たないロム一つでどうとでもなる。

 それが自分の価値。自分の位置づけ。

 反抗してみたかったのは、それだけではないのだと誰かに教えてほしかったのかもしれない。

 だが、自分の仲間は全てを売り払った。

 自分の足跡も、情報も、今まで培ってきた……絆も。

 絶対と信じられるものなんてこの世にはない。それを嫌というほど分からされたまま、最期の時を迎えるかに思われた。

 だが、そこから救い出してくれたのは……。

 銀色の瞳が脳裏を過ぎる。

 どうしてだろうか。猛禽類のような眼差し。敵意と憎悪、そしてこの世界への深い絶望に沈んだ眼差し。救いなど、どこにも存在しないと規定している眼なのに。

 そこに、穏やかな何かを、見出してしまったのは。

 絶望の向こう側には希望があるのだと、その眼が教えてくれた気がしたから。

 ――だから。

 

 あ、と声が漏れる。意識と同期して伸ばした手は現実の空を掻いていた。

 掌を見返して、ふと我に帰る。

「……生きてる」

「気がついたようだな」

 弾けた声に身を起こした途端、鋭い痛みが脳天を突き抜けていった。奥歯を噛み締めると火を挟んだ向こう側から声がする。

 パチン、と薪が弾けた。

「無理はしないでいい。私の機体に、操主でもない人間を乗せたのが間違いだった。……いや、そもそもどうして私は、貴様なんぞ助けた……? 気紛れか」

「メル……J・ヴァネット……」

「他人の名前を気安く呼ぶな」

 無情にも銃口が突きつけられる。しかし、今撃つ気はないのは何となくだが自分でも分かった。

「あんた……何者なんだ? あの連中は……」

「ロストライフ現象を発生させる連中だ。キョム、と名乗っている」

「キョム……」

 メルJが薪をくべる。その時になって、ラキはどうして火なんて、とようやく追いついてきた状況理解に周囲を見渡していた。

 飛び込んできた光景に唖然とする。

 自分の愛した故郷の街は、ほとんど壊滅状態の打撃を受けていた。建物は根こそぎ倒壊させられ、見る影もない。

 黒く沈んだ闇で、煤けた空気が漂っている。

 その中には明らかな死臭も混じっていた。

「……人が大勢死んだのか」

「だろうな。興味もない」

 メルJの言葉はどこまでも冷たい。しかし、それだけではないのは彼女の背後で膝をつく鋼鉄の巨神を目にすれば嫌でも分かる。

 後ずさった自分に彼女は軽く言ってのけた。

「ゲロでも吐いて死なれれば堪ったものではない。私の人機だからな。コックピットは大事にしたい」

「ジンキ……」

「知らないのか? 世界はこの……巨大な人型の兵器相手に小競り合いを繰り広げている。貴様の属する組織もその末端にあった。キョムのスポンサーリストにあったから、私はこの街に来たんだ。田舎くさい……しみったれた場所にな」

 別段、故郷への特別な思いがあったわけではない。だが、人機を前に何も出来なかった街に対してあんまりではないか、という感情が勝ったのは事実だ。

「……あんた、それ、自分の故郷に対しても吐けるのか? 自分の生まれ育った場所に対しても、同じ事が言えるのかよ!」

「ああ。言える。どれだけ恨みを吐き出しても、足りないほどだ」

 即答にラキは舌打ちする。

「悪党だ。あんたは」

「そういうお前も、決して表の人間ではないようだが? 見せてもらった」

 メルJの手にあるロムにラキは慌てて懐を確かめる。彼女はすっと立ち上がった。

「ここに記されている場所に、キョムの活動拠点の一つがある。私は明朝、そこに仕掛けるつもりだ。相手も私が出てきたのを知っている。先手を打たれる前に、私と《バーゴイルミラージュ》が敵を葬り去る」

 どこまでも冷たく断じられた声音にラキは絶句していた。誰も寄せ付けない言葉振り。他者を必要としないその立ち振る舞い。

 どれを取っても異質だ。まるでこの世の地獄を全て見てきたかのような冷徹さに、ラキは言葉にしていた。

「……あんた一人でか」

「人機に乗って失神するようなお荷物を連れていけるか。貴様はこの焼け落ちた街で大人しくしていろ」

「……言いたくはないが、それはきっと失敗するぜ」

 ぎろり、とメルJが睨んだのが伝わった。闇の中で獣のような恩讐が爪を立てる。

「……どういう意味で言っている? 言葉通りに受け取るのならば、私が失敗する、だと?」

 銃口が心臓を、真っ直ぐに狙ったのが窺えた。それでもラキは声にする。

 ここで、メルJを一人で行かせてはいけないのだと、どうしてだか自分の中の何かが告げている。

「……おれは末端だが、それなりに上には肉迫していてね。だからこそ、追われていたんだが」

「……お前を連れて行けば何か益があるとでも?」

「一人で行くよりかは分のいい賭けさ。どうだ? 乗るつもりはないか?」

 これも、メルJのさじ加減次第だ。彼女が否と言えば、そこまで。

 だが、メルJは否定の言葉を並べ立てるような真似はしなかった。

「……いざという時の弾除けにはなる、か」

《バーゴイルミラージュ》のコックピットが開き、その赤い眼光がこちらを睨む。

「ついて来い。価値は、自分で見出せ」

「……上等」

 どうしてなのだろう。

 この時、足は震えていなかった。それどころか、脈動は何かを期待するかのように、昂っていたのだ。

 

後編に続く

燃え盛るのは絶海の地平。

 エメラルドに染まっていたはずの海は、灼熱を湛え水平線を赤く煮え滾らせる。闇夜を淡く、それでいて後戻り出来ない光が景色を満たしていた

​著・シチミ大使

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