2・監視塔の男

​著・シチミ大使

「人機に魅入られたのさ。あいつは」

 そうあだ名される男はいつも監視塔にいる。言われて興味を持ったのは、ベネズエラ軍部に配属されて三ヶ月が経とうとした頃であった。

 新兵である自分には全てが新しく、慣れない事ばかりであったが、その中でも何度も聞かされてきた「カラカス防衛戦」に関してはほとんど素人だ。

 ――1988年。あの動乱の時代に、一つの都市が核攻撃によって地図から消えた。軍部批判に繋がりかねないこの一大事件はしかし、その後に起こった怪奇現象によって今や忘れ去られようとしていた。

 ロストライフ現象。世界中で巻き起こる殺人と、一都市がその夜のうちに丸ごと消滅している、という謎の事件。

 世界はそれを追うのに躍起で、ベネズエラ軍部の不祥事に今は目を向けている暇はない様子であった。

 無論、自分も新兵とは言え、その年に実装されたという新型兵器には目を通してある。

「人機、ですか……」

 呆然と繰り返した彼は今年度からマニュアルに併合された人機訓練の教本を思い返していた。

 青い鉱石――血塊で動く巨大兵器。世界の兵器市場を塗り替えた、別種の存在。

 それへの対抗策はどの国家も及び腰で、ロストライフ現象の解明も手につかぬまま、国家の上役同士が繰り広げる威信をかけた派閥争いが、今や誰の目にも明らかなほど。

 それでも人機で戦争を起こそうと誰も言い出さないのがどこか不気味で、このこう着状態を世界はかつての冷戦以上に重く見ていた。

「ああ、人機さ。そいつがやってくるってずーっと言ってるよ。だから監視塔の任務は怠れないんだと。ま、イカレちまったのさ。早い話」

 そうなのだろうか。真相が知りたい、と彼は監視塔へと続く階段を踏み締めていた。

 何故、自分でもそう思ったのかはよく分からない。それでも、監視塔でどのような時でも監視の目を光らせている男に会いたいと思ったのは、やはり酔狂であったのかもしれない。

 鋼鉄の扉をノックすると、入れ、という冷たい声が返された。気後れ気味に扉を開くと、アサルトライフルを抱えた痩せぎすの男が監視塔の隅で震えている。手にはスコッチがあり、それを眠気覚ましに呑んでいた。

 アルコール臭い部屋の中で、彼は挙手敬礼する。

「あの、今年度入隊した……」

「名前はどうだっていい。ここに来たって事は、バカか頭がおかしいかのどっちかだ」

 男は目を擦る。黒々とした隈が彼の眠れぬ日々を物語っている。とりあえず話の取っ掛かりを見つけなければ、と男の所属する監視塔へと話題を切り替えた。

「第三監視塔から見えるのはそんなにいい景色じゃないと思いますが……。霧も濃いし、それに見通しも悪い」

「基地の連中から俺の事を聞いたのか」

 無言を是とすると、男は立ち上がった。その足取りもどこかふらついている。

「危ないですよ」

「構うもんか。俺には見えているのさ」

「見えている……?」

 男は双眼鏡越しに覗く景色を仔細に観察し、手元の手記に書き付ける。彼をそこまで駆り立てるのは何なのか。一体、その眼には何が映っているのか。

「俺を見て笑いに来たんならさっさと去れ。それとも、新兵に流行の肝だめしか? 第三監視塔の幽霊とでも」

「……准尉殿を、他の方々はこう評しています。〝人機に魅入られた〟と」

 その言葉に男の胡乱そうな眼差しがこちらへと注がれる。落ち窪んだ眼窩はまるで骸骨のようであった。

「……聞きたいか。人機ってのはどういうものなのか」

 首肯すると男は静かに語り始めた。

「あれは……そう、とても暑い日だった。中天に太陽が昇って、蜃気楼まで生み出して……。見通しがいいし、敵からも狙われやすい。そんな最悪のコンディションの中、作戦は強行された」

 

 機械化部隊、とおだてられてもそれほどに価値が見出せないのは、やはり実戦経験の薄さであろう。

 格納庫に収まるキャノピー型コックピットを採用した鋼鉄の巨人を兵士達は「高級人形」と揶揄していた。

 収まりがいいのだけが取り柄だ、と。

 笑うのならば笑え、と彼は兵士達に侮蔑の眼差しを注ぐ。自分達の作戦は決して、公表してはならない。

 極秘裏の戦闘に身を浸すのに、馴れ合いは邪魔なだけだった。

 だから、自分が監視塔の見張り身分なのも、機械化部隊である事を秘匿するための隠れ蓑。しかしながら兵士達は来ない敵のためにずっと見張り番をしている自分に石を投げてせせら笑う。

「高い塔の男」と。

 今日も作戦はまだ実行されないのか。そう感じていた彼は抱えたアサルトライフルに語りかける。

「いつになった……なんだろうな」

「おいおい、妖精さんに話しかけているのか?」

 突然の上官の声に彼は佇まいを正す。開けていいか、という問いにどうぞ、と返す。

「作戦開始だ。行くぞ」

 挙手敬礼し、塔を後にする。これで監視塔のボンクラ任務からはおさらばだ。

 格納庫に据えられていたのは旧式の人機だけではない。真新しい痩躯の人機が二機、出撃姿勢にあった。

「あれは……」

「軍部の最新鋭機だ。《トウジャCX》という」

「トウジャ……」

 緑色に塗装された《トウジャCX》は小隊の隊長二人に割り振られる。自分は《ナナツー》で後方支援だ。

 下操主席についた自分を上操主の同期が蹴りつける。

「しくじるなよ。人機は、上と下の連携が試される」

「マニュアルじみた事を言ってるんじゃないよ」

『機械化部隊、出るぞ!』

 今まで幾度となく馬鹿にされ、コケにされてきたツケを払うのだ。下操主についていた彼はフットペダルを踏み込み、《ナナツー》を駆け抜けさせていた。

『付近の村が占拠された。要求はこちらの持つ血塊の安定ルートの確保。……よく分からん相手だが、人機の出陣となれば、それなりの手強さだろう』

『俺らの戦いを刻み付けてやろうぜ!』

 応、と声にした通信網に彼は手応えを感じていた。

《ナナツー》は重火器で武装しており、これならばどのような相手であれ制圧出来る。そう信じて疑わなかった神経へと、村の前で陣取っている巨人が視界に入る。

「……何だ、あれは」

 完全な塗装はされていないが、その鋼鉄の巨躯は紛れもない。

 ――人機だ。

 それも、汎用機である《ナナツー》のようではない。丸太のような腕を持つ人機が武器を所持し、逃げるわけでも、ましてや隠れるわけでもなく待ち構えていた。

『何だ? 相手も人機の物真似か?』

 そう、物真似。所詮は模しただけの張りぼてだと誰もが思ったであろう。

 その人機が姿勢を沈め、直後に躍り上がったのを目にしなければ。

『直上? なんて跳躍力……』

 そこから先の言葉が粉砕の轟音に掻き消される。不明人機は手にした長物を振るっていた。

 ワイヤーを引き込み、武装が回転する。

「オートタービン……。まさか……! 人機にそんな武装――」

 息を呑んだ彼は割って入ったもう一機の蹴りをまともに受けていた。軽装の人機が《ナナツー》へと攻撃を浴びせかける。

「冗談じゃ……!」

 ない、と声にしようとしたのだろう。上操主の声がそれっきり途切れた。振り返る事も出来ないのは痩躯の人機が放ったワイヤーによる一撃がキャノピーを割ったのを確認したからだ。

 痩身の人機は赤く塗られており、バイザー型の視野を持っていた。

「あれが……同じ人機なのか……」

《ナナツー》の支援砲撃を難なくかわし、赤い人機がワイヤーを放射する。接触した途端、電撃が《ナナツー》に見舞われた。

 次々と動きを止めていく部隊の者達から後方に飛び退りつつ、射撃を浴びせたのは《トウジャCX》である。

『何なんだ! 貴様らは!』

 肩口に搭載されたバルカン砲を巨体の人機はその鈍重さに似合わぬ機動力で回避し、オートタービンを起動させる。回転軸が刻み込まれ、地面を抉り込んだ。

『地竜陣!』

 通信網に焼き付いたのは確かに男の声であった。武人を思わせるその野太い音声と共に津波の如く地面が割れ、砂礫が舞い散る。

 視界を奪われた《トウジャCX》は接近するもう一機相手に成す術もなかった。

 ゼロ距離での電撃が《トウジャCX》の精密部品を焼き、爛れた装甲を晒して一機が倒れ伏す。

 もう一機は部隊を捨て撤退機動に入っていた。それも当然だ。十機近くいた人機部隊が大半戦闘不能に追い込まれ、なおかつ命が狙われているとなれば穏やかではないだろう。

『嫌だ……! 逃がしてくれ……!』

 その退路を途切れさせたのは立方体の頭部を有するもう一機の敵人機であった。

 片腕に巨大な盾を有しており、その盾で《トウジャCX》を打ち据える。

 眼前に敵が来ればさしもの怖気づいた神経でも立ち向かう事を選択させたのか、《トウジャCX》がくの字に折れ曲がったブレードを振り下ろした。その一撃を盾持つ人機が受け止める。

 直後、完全に物理攻撃が跳ね返され、《トウジャCX》の機体がたたらを踏んだ。

 その背筋へと赤い人機のワイヤーが突き込まれる。電撃が機体を痙攣させたのも一瞬、舞い上がったオートタービンの人機が《トウジャCX》を頭から打ち砕いた。

 爆発の光が瞬き、激震が腹の底に響き渡る。

 呆然とその姿を目にしていた彼は不意に開いた通信網を聞いていた。

『……この程度か。ベネズエラ軍部の機械化部隊は』

『案外、これでも善戦じゃない? トウジャが入ってくるなんて聞いていなかったし』

 男と、女の声。それだけでも驚嘆すべきなのに、彼らの呼吸は全く乱れていなかった。戦闘など露ほどにも感じていないとでも言いたげな声である。

『我が《K・マ》の戦闘データも出したかったんですが、敵が甘過ぎましたね。全滅、ですか』

『この程度ではデータ参照にもならんな。やはり黒将はアンヘルの戦力を重く見ている。軍部など、所詮は恐れるまでもない』

 三機の巨兵が霧の中へと消えていく。彼は大破した《ナナツー》より這い出て、基地を目指した。

 どこをどう走ったのかはまるで分からない。

 気づけば、見知った監視塔が視界に入っていた。

 後ろを振り返る。

 どこをどう走っても、どう逃げてもあの三機はいずれ追いついてくる。それこそ、逃れようのない死の象徴として、頭上に降り立つであろう事は、予測するまでもなかった。

 

「……その時から、ずっと監視塔に?」

「ああ。連中が来るからな。こうして見ている」

 ホラ話、と断じてしまえばそこまでだ。機械化部隊の話も、ましてやその時代に戦闘用人機が存在したなど。

 だが、嘘とは思えなかった。嘘と思うのには、男の目には確信があった。

 いずれ、この濃霧を裂いて悪夢の人機が舞い戻ってくる。その時は、決して遠くはないのだと。

「その時が来たら……どうするんですか」

「どうもこうもない」

 彼は懐に入れていた拳銃を顎に添える真似をした。

「悪夢を見る前に死のう」

「……お話、ありがとうございました」

「なぁ、お前。もし今も、世界ではあんなものがのさばっているんだとすれば……どうする?」

 どうするも何もない。もう、世界がそのような地獄に転がり出しているのだとすれば。

「きっと、死んだほうがマシな世界に……なってしまうんでしょうね」

 あるいはもう成り果てているのかもしれないこの世界で。ただ漫然と生きていくしかない。

 立ち去り際、人機に魅入られた「高い塔の男」は手製のスコッチを手土産に渡してきた。そしてまた、彼は監視に戻るのだ。

 いつ終わるとも知れない悪夢に終止符を打ちたいがためだけに。

静かにスコッチを呷る。

 熱が喉元で滞留し、胃の腑へとそのまま落ちていく。悪夢を薄めずに呑んだ気分だ。

地獄の味の末端を、少しは味わった気になれた。

いつ終わるとも知れない悪夢に終止符を打ちたいがためだけに。

静かにスコッチを呷る

​著・シチミ大使

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