​59 南米式友達の証

​著・シチミ大使

「お茶うけを持ってきましたよー……って、あれ? 皆さん、どこへ?」

 首を巡らせたさつきは、軒先で巨大な筐体をいじっているエルニィを発見していた。

「あの、立花さん。皆さんは……」

「あー、なんか自衛隊の視察だってさー。南とルイはそのお付き。赤緒は《モリビト2号》で臨戦待機。まぁ、当然っちゃ当然だよね。視察中に《バーゴイル》でも出たら困るし」

「じゃあ、お兄ちゃんも……」

「両兵も下操主で待機だってさー。んっと……、ここをこういじくると、レーダー範囲が倍になるはずだからっと……」

 エルニィは縦長の装置を調整するのに余念がないらしい。さつきはそっと緑茶とお菓子を置いていた。

「ヴァネットさんも……いらっしゃらないんですね……」

「メルJは自衛隊に回される新型機とかが気になるみたいだよー。直したシュナイガーで敵情視察、だとか言ってさー。まだ半分くらいしか直ってないのに……」

 エルニィは不服そうである。彼女からしてみれば不安要素の残る人機は出したくないのが本音のようだ。

「じゃあ今日は、皆さんお留守なんですか……。寂しいなぁ……」

 いつもは騒がしいものだがいざ誰もいないとなると閑散として、柊神社は静まり返っている。どこか遠くから鳥の声が耳に届くばかりだ。

「ま、ボクがいるけれどねー」

 エルニィが手にした計器で何かをはかりつつ、その手は機械いじりをやめることはない。

「あの……何を作っているんですか?」

「うん? さつきに言っても分かるのー?」

 その評には少しむっとしてしまう。自分とて操主だ。

「た、立花さん。私だって、《ナナツーライト》の……」

「あー、はいはい。言わんとしていることは分かるよ。操主なら知る権利くらいはあるかもねー。まぁ、簡単に言うと、現状の人機の関知範囲ってのは熱源光学センサーと人機特有の動力源であるブルブラッドシステムの関知のどっちかに寄っているんだけれど、南米ならいざ知らず、日本に巨大なブルブラッド関知システムを据えるのはちょっと難しくってさー。南米にちょちょいのちょいで建築できたのが、こっちだと狭苦しい中で、やっとこさ一基完成に漕ぎ着けるまで半年くらいはかかるわけ。でもその間に敵襲がないとも限らないし、当てにならない迎撃システムなら、もうちょっと簡素化できないかなーって思ってさ」

 ぱんとエルニィは筐体を叩く。さつきは半分も理解し切れなかったが、ようやく声にする。

「……つまり、敵を察知する機械ですか?」

「まぁ、平たく言っちゃうとね。でもこれ一基で数千万円くらいはするかなー」

「す、数千万円?」

 思わず声が上ずってしまう。まさか、軒先で日曜大工さながらに作られているものが、国家予算並みの価値だとは想像もできなかった。

「完成すればの話。今のところ、基盤は出来上がっているんだけれど、置く場所が悪いとこいつ、機能しないんだよね。それにブルブラッドの察知経験も踏ませないと意味ないから、このままだとただの漬物石みたいなもん」

 あはは、と朗らかにエルニィは笑うが、さつきは数千万と聞いた手前、僅かに距離を取っていた。

 その挙動が気に食わなかったのか、エルニィはむくれる。

「何さ、さつき。……ホント、この国ってみぃーんなそうだよね。お金の話になるとこわごわって言うかさ。別に数千万の価値があるからってさつきに払えって言っているわけじゃないじゃん」

「それは……そうなんですけれど……」

 思わず身構えてしまう。エルニィは、変なの、と唇をへの字に曲げていた。

「みんなが乗って壊してくる人機だって数千万どころじゃないよ? あれ、格納庫に収まっている分だけで小っちゃい国なら買えちゃうからね」

 よくよく考えてみれば、それはその通りなのだ。人機一機で国家予算などいざ知らず、それを管轄するエルニィが相応のものを扱っていても何ら不思議ではない。

「……立花さんって、本当にすごいんですね……」

「……今まですごいと思ってなかったみたいな台詞だね。まぁ、いいや。さつきはさー、そう言えばなんだけれどいつまでボクのこと、立花さんって呼ぶの?」

「ふぇっ? だって立花さんじゃないですか」

 当たり前の問いかけに返答するとエルニィは筐体に肘をついて手を払う。

「いやいや……そういう問題じゃなくってさ。赤緒は赤緒でしょ? 両兵はお兄ちゃん呼びじゃん。ルイもルイだし……メルJはまぁ例外でいいや。だって言うのに、何でボクだけ他人行儀なのさ。おかしいでしょ」

「お、おかしいですか……? だって年上ですし……」

「だったら、赤緒も含めてみぃーんな年上。ボクだけさつきに心を許されてないの? だからこうして距離も取るわけ?」

 そう言い詰められてしまえばさつきはまごつくしかない。

 今距離を取っているのは高額な機材のせいに他ならないのであるが、よくよく考えてみれば、エルニィを友人同然には扱えない自分がいた。

「……でも、立花さんは天才ですし……人機のメカニックも担当されていて……。私なんかが気安く呼んでいいのか……」

「さつきだって血続操主の中ではずば抜けてるでしょ。赤緒だってまだ半端にしか使えないアルファーも使えているし」

「それは……無意識と言いますか……」

「いつまでもお茶汲みに徹するなんてもったいないよ。せっかくみんないないんだからさっ! ボクら、親友になってみない?」

「し、親友ですか……」

 いつかのルイとの友情の深め方を思い返してしまう。あれは結局のところ、ルイにいいように遊ばれただけだったのだろうか。それとも、あれでよかったのかは未だに甚だ謎である。

「……何で硬くなるの? せっかくだから、南米式の交友の深め方ね! そーしようよ!」

「な、南米式……。よりにもよって……ですか……」

 悪夢が蘇ってくる。だが、さすがにエルニィはルイほどに自分の奇行を面白がったりはしないだろう。少しばかりは気安く考えて、さつきは頷いていた。

「わ、分かりました……。親友になるんですよね……」

「何? さつきってば、おっかしいなぁ。これから戦場にでも行くみたいな顔してるよ? まぁ、そう難しく考えることはないってば! 人機で戦うのに比べたら百億倍マシだからさ!」

 肩を組まれ、早速スキンシップを始めてくる。思えばエルニィはアンヘルメンバーの誰に対しても分け隔てはない。メルJだけは例外ではあったが、彼女も心を開いてからは同じように接している。

 この親友になる、という言葉も、思ったより深い意味はないのかもしれない。

「じゃああの……何から始めましょう……」

「まずは、そうだな。サッカーから始めよっか!」

 エルニィが庭先へと駆け出し、サッカーボールを足元に置く。

 爪先で蹴り上げ、リフティングをこなし、そのまま手足のように扱ってみせる光景にさつきは拍手を送っていた。

「すごいですね……」

「何で他人行儀? これ、やってみようよ」

「私が? む、無理ですよ! ……運動音痴だし……鈍くさいですし……」

「鈍くさいったって赤緒よかマシでしょー? まぁ触ってみなって! サッカーボールだし噛み付きゃしないよ」

 サッカーボールを掴まされ、さつきは狼狽する。

 あまりにきょとんとしていたためか、エルニィは顔を覗き込んできた。

「あれ? サッカーって日本じゃ馴染みない?」

「いえっ、その……サッカーって男の子がやるものだって、教えられてきたので……」

 考えればこれまでの人生でサッカーボールをまともに触ったことなどない。僅かに凹凸があることも、重さが思ったよりもあることも全くの初めてであった。

「ふぅーん、日本って遅れてるなぁ。ブラジルじゃ、男女分け隔てなくだったよ。ちなみにボクはエースだった!」

 ブイ、とVの字を作って笑顔になるエルニィに、さつきは僅かに緊張がほぐされたのを感じつつ、まずは彼女のやったように地面に置く。

「そうそう。そのまま爪先で蹴り上げて」

「こ、こうっ! ひゃああっ!」

 奇声を上げて思いっ切り蹴り上げたボールは弧を描き、柊神社の軒先の障子戸を倒していた。

「大変! 障子に……って立花さん?」

 青ざめた自分を他所にエルニィはいつの間にかいなくなっている。

「まさか、逃げちゃった?」

「さつきさん?」

 ハッと前を向くと、五郎がボールを手に立ち塞がっている。いつも通りのにこやかな笑顔だが、目は笑っていなかった。

「あの、その……」

「ちょっとこっちへ」

 

「ふぃー、危なかったぁ……。お! どうだった? さつき」

 へとへとになった自分へと、エルニィは石段に座り込んで声を投げる。さつきは思わず猛抗議していた。

「ひっ、酷いですよ、立花さん! 私だけ怒られちゃいました! 境内はボール遊び厳禁だって!」

「そりゃあ、悪いことしちゃったね。でも、あんな風に蹴ったのはさつきでしょ?」

「リフティングなんていきなりできるわけないじゃないですかー!」

 悪びれもしないエルニィは、まぁまぁと諌める。

「お詫びのしるしにこれ。甘いよ?」

 差し出されたのは茶菓子である。見たことのない緑色と銀の梱包がされた小さなチョコレート菓子に、さつきは小首を傾げていた。

「何ですか? これ……。チョコレート……?」

「食べてみなって。おいしいから」

 エルニィが箱を手にして頬張っている。毒はさすがに入っていないだろうと、さつきは一息に口に放っていた。

 次の瞬間、顔が赤く染まる。

 喉の奥にひりついたのは、間違いようもなく――。

「これ……お酒入ってるじゃないですか! うぅ……思いっ切り食べちゃった……」

 ぺっぺっ、と吐き出そうとするのをエルニィは不思議そうに眺める。

「ウイスキーボンボンを知らないの? 南がお土産で買って来てくれたんだー。これ、手軽に酔えておいしいんだよねー」

「てっ、手軽に酔えるって確信犯じゃないですかぁ……! もうっ……まだお酒飲んだことないのに……」

 口元を拭っていると、ふと背後に気配を感じ、さつきは振り返る。

 五郎が木箱を手に佇んでいた。

「さつきさん……? 南さんがお客様用に取っておいたチョコレートが見当たらなくって探していたんですが……その包装紙……」

 ハッとさつきは手にしたウイスキーボンボンの紙を手離す。

「ちっ、違いますから! 私じゃなくって立花さんが……あーっ! 居ない……!」

「さつきさん、ちょっとこちらへ。お茶うけの管理は任せていましたが、こればっかりは」

 

 五月晴れの天候に、エルニィはふわぁ、と欠伸をする。

「のどかで、いい天気だなぁ」

「……いい天気だなぁ、じゃないですよ! 降りてきてください! 立花さん! また私だけ悪者に……」

「あっ、さつきー。思ったよか早く解放されたねー」

 樹の上で手を振るエルニィにさつきは心底参った声を搾り出す。

「五郎さんに、これからはお茶うけの管理も考えないといけませんね、って言われちゃいました……」

「そりゃ災難だ」

 笑い話にしようとするエルニィにさつきは肩を落としてため息をつく。

「災難だ、じゃないですよぉ……。こんなことしたって、親友になんて……」

「ねぇ、さつき。ちょっとあったかくなってきたからさ。多分、あの子たち出てくるよ」

「あの子たち……?」

 小首を傾げていると樹から飛び降りてきた影があった。身構えるさつきだが、エルニィは手慣れている。

 その小さな影に擦り寄っていた。

「えっと……リスさん、ですか……?」

「そっ。柊神社は緑が多いからかな? 野生のリスを見るなんて久しぶりでテンション上がっちゃうよね」

 エルニィが慣れた仕草で手招き、口笛を吹いてあやす。

 その様子は先ほどまで自分を翻弄していた相手と同じだとは思えなかった。

「……立花さん、動物、お好きなんですか?」

「うん、好きかな。邪念がないし。それに小動物って、何だか面白いじゃん」

「お、面白い……?」

「あっ、そっか。さつきは小動物知らないんだっけ? 南米で小動物を連れ歩いてたんだー。そいつのことを思い出しちゃう」

 うろたえ気味のさつきに反して、エルニィは想像以上に動物の扱いを心得ているようであった。

「……私……犬も飼っちゃ駄目って言われていましたので……」

「そりゃ何で?」

「旅館でしたし……変に懐かせると困るのはあなたよ、って何回も言われちゃって……。その度に泣いていました、そういえば……」

 そうやって陰で泣く自分を、いつでも励ましてくれたのは兄であった。今は、その兄が遠い異国の地で奮闘しているというだけでも想像の範疇を超えているのに、自分は戦う力をもって、ロストライフ化から日本を守ろうとしている。

 同じ自分の地続きだとはまるで思えなかった。

「さつきさー……自信ないんじゃないの? 自分に」

 不意に突かれた図星にさつきは目を丸くする。エルニィはリスの背中を撫でながら言いやった。

「別に、誰かに遠慮したりとか、誰かの顔色窺ったりは、もう要らないと思うけれどなぁ。だってアンヘルに居て、戦うって決めたのはさつき本人じゃん。それって誰にも覆せないでしょ。覆せない一個持ってるなら、もう遠慮しながらの生き方はやめようよ」

 遠慮しながらの生き方――自分の生来の性格にこうやって踏み込んでくれたのはまだ二人目である。

 一人は、両兵。

 自分の力で足掻いてみせろと吼えてくれた彼は掛け替えのない、自分の兄と同じ存在である。

 そのお陰で自分を下手に曲げずに済んだ。諦めないで戦い抜いたから、今の自分はここにある。こうして、エルニィと肩を並べることができるのも両兵がいつでも傍に居てくれるからだ。見守ってくれている感覚があるから、こうして踏ん張れる。

「……そうなん、ですかね……。もう、誰にも遠慮しない……そんな生き方が……」

「できるでしょ。サッカーボールでちょっと物を壊したり、身の丈に合わないものを食べたりしたくらい、何てことないよ。第一、自分の高さなんて誰が決めるのさ。そんなの、自分以外はあり得ないよ」

 エルニィは自分の見える景色を自分で切り拓いてきたのだろう。

 天才だ、人機研究の権威だとおだてられているが、そこまで上り詰めるまでの失敗も、もちろんしてきたに違いない。

 ――挫折を知らないだけの、人じゃないんだ……。

 失敗して、時には取り返しのつかない事態にも陥ったのだろう。だが、だからこそ「それがどうした」と言える。その程度で、生き死にが決まるわけではない。むしろ、決まるのは自分が進むか停滞するかの、二つに一つ。

 なら自分は前に……。

「……立花さん。私、前に進みたいです。もっと強くなって、お兄ちゃんや、赤緒さんたちを……守りたい。だから親友に――」

 言いかけたその唇を、エルニィは人差し指で制する。

「日本には、言うも野暮って言葉があるらしいじゃない? それって多分、今この時なんだと思うよ?」

 ああ、そうだ。

 ――親友になってくれなんて、わざわざ格式ばって言わなくったって、アンヘルの者たちは、みんな、とっくに……。

「……ですね。それにしても……このリスさんたち、大人しいなぁ……」

「あー、それ? ボクがちょっとお菓子分けてあげたからかな? 普段からちょいちょいここには来てるから」

 思いも寄らぬ発言にさつきは硬直してしまう。

「それって、餌付け――」

「さつきさん。何をなさっているのですか?」

 かけられた五郎の声にさつきはびくついてしまう。

「あの、その……」

「おや、リス……。おかしいですね……柱を齧るからと別の場所に棲家を移していただいたはずなのですが……」

「あ、あの……エルニィさん……って! もう居ない?」

 忽然と消えたエルニィの姿に驚愕する前に、五郎の笑顔が自分を見据える。

「……さつきさん?」

「その……違うんです、これは……。全部……そう、全部、立花さんと親友になるために……」

「どうやら、一度や二度では懲りないようですね。こちらへ」

 引っ張られてさつきは境内へと連れ戻される途中、茂みに隠れていたエルニィを発見していた。

「ゴメンね、さつき。ボクも怒られるのはヤなんだ」

 ひょい、と会釈して逃げ去っていくエルニィにさつきは盛大に声を発していた。

「南米式はもう……二度とやりませんからー!」

まさか、軒先で日曜大工さながらに作られているものが、国家予算並みの価値だとは想像もできなかった。

NEXT60  戦士の背中

​著・シチミ大使

© 2018,2019 綱島志朗 公式サイト 合同会社TAK