​54 あたたかな今を

​著・シチミ大使

 こたつを挟んで二人が気まずそうに対峙していた。

 一方はどこかばつが悪そうに。一方は、茶をすすって落ち着き払っているが本意ではないとでも言うように。

 視線に耐えかねて青葉は口を開いていた。

「……あの、やっぱり怒ってますよね?」

「何がだ」

 応じた声の主に青葉は辟易する。

 アンヘル整備班を束ねる存在。通称、親方と呼ばれる相手を前にすれば、自分とて緊張してしまう。

 山野は胡坐を掻いて周囲を見渡す。

「……おい、見せ物じゃないぞ」

 その言葉にこちらを何かと窺っていた整備班の人々が視線を逸らす。

 だがこればっかりは仕方ない。元はと言えば自分の思いつきのせいなのだ。

「あン? 何やってんだ、青葉。ジジィとこたつで向かい合って、何が面白いんだ?」

 そんな自分の苦労など露知らず、歩みかかった両兵が軽く口にする。青葉は毅然と応じていた。

「……両兵は黙っていて」

「そうだな。両兵は黙ってろ」

「……ワケ分かんねぇ。なぁーに、お互いに気ぃ張ってんだか。言っとくけれどよ、出動かかっても知らねぇぞ」

「その時は出るから……。こたつから」

 青葉の譲らぬ声音に両兵でも何かあると感じたのか、近場にいた川本へと歩み寄っていた。

「……何やってんだ、あいつら」

「あ、うん。ちょっとあったんだ。ホラ、元々アンヘルって日本人集団だからさ。日本の家具って結構あって……。それで、見つけちゃったんだよね。こたつを」

「こたつぅ? 何でこたつが」

 両兵からしてみれば全くの意想外だろう。

 だが、青葉はこたつ布団をぎゅっと握り締めていた。

 

 湿地と熱帯の支配するジャングルでは、今がもう、十一月だということを忘れさせてくれるようであった。

 激しいスコールに打たれたかと思えば、翌日には太陽が照り返すなどよくある話で、やはり日本ではないのだと言う意識を目が覚める度に再認識させられる。

 その日々がある意味では新鮮で、ある意味では日本で生きてきたこれまでを上塗りするようで単純に喜べない部分もある。

 プラモ部屋に仕立てた自室で目を覚まし、モリビトの操主になるための授業を受けるのだが、その日の授業までの数時間、青葉は部屋の片隅で埃を被っているそれを発見していた。

「これ……ちゃぶ台?」

 いや、それと共に収納されていたのは見知った布団である。

「あ、これ、こたつだ……」

 早速、展開し埃を払っていると川本ら整備班から声がかかった。

「青葉さん……? 何をして」

「あっ、これ、こたつですよね? 部屋の隅っこにあって……」

 ああ、と得心した川本らは目線を交わし合った。

「南米じゃ使う機会がないからって多分、仕舞ってあったんじゃないかな。ホラ、温暖な気候だから」

 確かに日本のように凍える冬が来るとも思えない。

 暦の上ではもう十一月なのに、寒くなる気配もないのだ。

「あの……貸してもらっていいですか?」

「別にいいけれど……何に使うの?」

「それは、その……私、おばあちゃんっ子だったから。こたつってなんだか懐かしくって……」

 そうだ。祖母に育てられたも同じ自分からしてみれば、こたつはどこか郷愁を誘う。冬になれば包まって寝転がって、そしてミカンを楽しんだものだ。

 だが、祖母はもういない。

 だから、この場所に呼ばれたのであるが。

 どれほど悔やんでも、どれほど嘆いても同じだ。ならば一時でもいい。思い出に縋らせてはもらえないのだろうか。

 川本はうん、と一つ頷く。

「整備スペースを貸すから、そこで調整するといいよ。こたつなんて……ぼくも久しぶりに見たなぁ……」

「川本さんも……日本で?」

「ぼくの場合は実家が旅館でね。和風建築だからってのもあって」

 それは初耳である。思えば、アンヘルメンバーには日本人肌が多い。それは決して自分が招かれたことと無関係でもないのだろう。

「じゃあ授業が始まるまで、お邪魔して、こたつの整備をさせてもらいますね」

「うん。気に入ったら自分の部屋で使うといいよ。まぁ、あったかいから、そんなに必要かはさておきだけれどね」

 笑みを返しながら、青葉はこたつに電源を通す。川本の言う通り、温暖な気候であるため、中に入ってぬくぬくと言う気分でもなかったが、それでも日本にいた頃が恋しくなってくる。

 祖母はいつだって、自分の意見を尊重してくれていた。自分のしたいようにすればいい――そうとまで言ってくれていたのだ。

 本当の母親――静花に関してもあえて触れず、自分の姿勢をよしとしてくれたからこそ、孤独を下手に育むこともなかったのだろう。

 それだけ大きな存在を、自分は失った。

 失って初めて分かる、というほどに子供でもないつもりだったが、それでも時折、胸を感傷が占める。

 アンヘルでモリビトと出会い、数多の人々と出会って来ても、それでも掠めるのは日本で、何事もなく暮らせていれば、という後悔。

 祖母は死なず、そして自分も隠れながらにプラモ趣味を続け、誰もがそうするように中学を卒業し、大人になれれば……そんな出来の悪い哀愁が涙を誘う。

 どう顧みたって、どう取り繕ったって、ここにいる以上はできることを模索し、そして《モリビト2号》の操主として一日も早く一人前になるしかない。

 こうと思い込んだことなど、今までほとんどなかった。

 だからだろうか。

 こたつに入ると、元に戻れるような気がして、我ながら女々しい。

 そんな時であった。

「おっ、青葉じゃん。何これ?」

「南さん……。あの、こたつって言って……」

「布団と机の合体版? 変なの」

 南はこちらが説明するより先にこたつに潜り込む。青葉は対面ではは、と笑っていた。

「知らないんですか? 南さん、意外……」

「うーん、こっちに来てからが長いからねぇ。日本の常識とか、あんまし分かんないのよ。でも青葉ー、このこたつっての、いいわねぇ。何だかふやけちゃう感じ」

「あ、分かります、それ。こたつってぬくぬくで、ふやけますよね」

 こたつに入れば誰もが張り詰めた感情を解きほぐすことができるのではないか。そういう魔法の道具のような気がしていた。

「あー、でも南米じゃ必要とされないのも分かるかも。暑いしねぇ」

「……ですよね。こたつってでも、あるだけで何か、便利とかそういうんじゃなくって、優しい存在だと思うんです」

「ま、便利突き詰めるんならエアコンよねー。このこたつってさ、入ってあったかくなって、で、何をするの?」

「何って……ミカンですよ、ミカン。こたつと言えばミカンなんです」

「ミカン……あったっけ? ねぇー! ミカン持ってきてよ!」

 声を張り上げた南に整備班が困惑する。

「ミカンなんてないですってば」

「じゃあ代わりになるもの。何でもいいや」

「じゃあ……余り物ですけれど」

 置かれたのは朝食の余りのパンであった。パンを頬張り、南は首を傾げる。

「……何か違うわね」

「まぁ、ミカンの代わりにはならないですから」

 南は微笑んでこたつから這い出る。

「あんがと。何かこういうのあると、一風変わっていて面白いわね」

「日本じゃ、結構当たり前なんですけれどね。もう十一月ですし」

「冬って奴かー。何か関係あるようでないのよねー。アンヘルって日本人の技術者集団だけれど、やっぱもうこっちの風土に馴染んじゃっていてさ」

「南さんが所属している頃から、ずっとなんですか?」

「うん、ずっとかな。今さら日本人ぶったって仕方はないんだけれどでも、たまにはこういうのもいいかもね。じゃあね」

 手を振って青葉はこたつを満喫する。

「……こっちにいたら、大事なことも、いつかは忘れちゃうのかな……」

 祖母のことも、忘れたくない日本での日々も。いつかは忘却の彼方に追いやってしまうのだろうか。

 そうなった時、自分はどうすれば。どう折り合いをつけていけばいいのだろう。

 日本にいた頃を過去と規定して、それでうまい具合に生きていけるのだろうか。

「……操主になれば、そんなこと考えなくっても……」

 こたつに顔を伏せ、青葉は自身の手を眺める。モリビトの操主にさえなれれば迷わずに済むのだろうか。

 そんな迷いとは無縁の位置になれれば、どれほどにいいか。

 考えあぐねた青葉はふと、視界の中の川本たちが一斉に動き出したのを目にしていた。

 何が、と顔を上げたその時には、こたつへと踏み込んできたのは彼らから「親方」と一目置かれる山野である。

 その強面がこちらを見据えていた。

「あ、あの……っ」

「こたつか。懐かしいもん出してきたな」

「えっと……片付けますね! そうじゃないと、邪魔ですし!」

 大慌てで片付けようとすると山野はそれを制する。

「いや、ワシもちょっくらこたつってのに、しばらく入ってないからな。たまには入ってみてもいいか?」

 思わぬ問いかけである。青葉は放心状態で頷いていた。

 山野が座り込みこたつに入る。逃げるわけにもいかず、青葉はこたつを挟んで山野と対面していた。

 思い返せば、山野とはまともに話したこともない。操主としての許しを完全に得たわけでもないのだ。

 あくまで現太が復帰するまでの代理、として見てもらっている感はある。

 なので、こちらとしてもばつが悪く、言葉を何か発しようとして、やはり答えは彷徨うのであった。

 山野は不機嫌そうな面持ちのままこちらと視線を合わせようともしない。川本の差し出した茶をすすっていてもどこか不機嫌に映る。

「……あの、やっぱり怒ってますよね?」

「何がだ。怒られるようなことでもあるのか」

 低音のドスの利いた声音に青葉は己の意見を仕舞い込む。

 そんな折に両兵がこちらを視界に入れたのであった。

 どこか、我慢比べのように先に出るのは気が引けて、青葉は山野と向かい合う。

 両兵の疑問ももっともではあったが、それでもここで逃げれば、操主としての資格は失われてしまいそうで、青葉は山野にかける言葉もないままにこたつに潜っていたのだ。

 山野からしてみれば自分はどう映っているのだろう。

 突然に日本から来た、変わった人間だろうか。それとも、現太に怪我をさせた張本人として、恨む気持ちもあるのかもしれない。

 そう考えると青葉は言葉もなかったが、山野は口を開いていた。

「日本には……まだ冬が来るのか」

 そんな当たり前の問いかけに青葉は一拍逡巡を挟んでから応じる。

「……は、はい。冬は毎年……」

「寒ぃのか?」

「はい……寒いですけれど」

 何だか不格好な返答のように思えて我ながら嫌気が差す。しかし、山野はどこか遠くを眺めるように目を細めていた。

「……そうか。日本じゃ、もう十一月だからな」

 山野たちがいつから、どのような経緯でアンヘルにいるのかを、自分はまるで知らない。知ろうとしても、分け入るだけの言葉も持たない。

 それでも、ここで聞かなければならないのは、自分がどう思っているかだろう。

 操主として。モリビトと共にアンヘルの一員になるためには、一度や二度の防衛成績だけでは張り合いがない。

「あの……っ! 私、モリビトもアンヘルの皆さんも……素敵だと思っています」

「それは日本に帰れなくってもか?」

 思わぬところで図星を突かれ青葉は返事に窮する。

 日本に、二度と帰れないかもしれない。一人前の操主にも、なれるかどうかはまだ分からない。

 それでも、信じるべきなのは皆のはずだ。整備班が全員、モリビトを最善の状態にしてくれているからこそ、戦えている。

 自分のような小娘でも、操主になれるという希望がある。

「……それは、まだ分かりません。もしかすると、おばあちゃんが生きていれば、って……。思っているのかもしれませんし」

「アンヘルはお前さんの思っているよりもずっと、過酷かもしれんぞ。当然、操主になるということだってな」

 分かっている。操主になるのはきっと、自分が想像しているよりも何十倍も難しいはず。だが、進むことができるのならば。《モリビト2号》と共に、飛べるのならば、自分は少しでも前へ、少しでも高く――。

「……正直、覚悟ってまだ分からないんだと思います。操主としての道だって、まだ……。でも、私、みんなのためになりたい。《モリビト2号》はそれを叶えてくれる……。だったら! 諦めちゃ駄目なんだって思うんです」

「モリビトが叶えてくれる、か。随分とロマンを感じているんだな」

確かに、モリビトに関して思っていることは生易しく、そしてその程度の認識なのかもしれない。だが、決めたのならば。操主として歩むと、そうなのだと志したのなら、自分は――。

「モリビトに、変な話、ロマンとか、そういうのを見ているのは……その通りなんだと思います。でも、胸の高鳴りだけはきっと、嘘じゃない。そう信じたいんです。モリビトは私を……高く、もっと上に……見出してくれているって」

「人機が操主を見出す、か。……人機の未来ってのは案外、そういう、柔らかで不確かなものなのかもしれねぇな」

 山野が立ち上がる。青葉はそれを補助しようとして、要らねぇ、と手を払われた。

「年寄り扱いすんじゃねぇ。ワシにはまだ、お前さんたちの乗るモリビトを万全にしなきゃいけないって言う、責任があるからな」

「責任……ですか」

「ああ。整備班ってのはそういうもんだ。操主だけが人機を操る責任を負っているわけじゃない。それは覚えておけ」

 何故だろう。厳しいはずの言葉なのに。今はどこか、垣間見えた優しさのような気がして、青葉は頭を下げていた。

「その……ありがとうございます!」

「……まだ認めたわけじゃねぇ。ただ、こたつに包まっただけの……戯れ言のようなものなのかもしれねぇな。生ぬるいってだけのよ」

 山野は川本たちへと激を飛ばす。それに応じる川本たちを視界に入れながら青葉は呆然とその背中を見ていた。

 みんなを引っ張る背中、どれだけでもパワーに溢れたその立ち振る舞いは、まるで……。

「……おじいちゃんがいたら、あんなだったのかな」

「おい、青葉。それ、あのジジィに言うんじゃねぇぞ。逆鱗に触れるからな」

 歩み寄ってきた両兵に青葉は言葉を投げる。

「両兵は? 山野さんたちのこと、どう思っているの?」

 両兵は胡乱そうにこちらに一瞥をくれた後に、首を傾げる。

「どうって……生まれた頃からずっとだったらからな。付き合いって言えば長ぇし、それに連中、ガキん頃から別段優しかったわけでもねぇし……。何つーか、気づいたら傍に居るってのか……」

 うまく言葉が見つからないのだろう。青葉は助け船を出していた。

「それってきっと……家族じゃないのかな」

 促した結論に両兵は眉間に皺を寄せる。

「家族ぅ? ……ンな生易しい感覚で収まるかよ。どっちかっていうと一蓮托生だ。死ぬ時ぁ、みんな一緒ってな。家族よりもなお、濃いっつうのか……」

 名言化する術がないのだろう。それでも青葉は、こたつ一つで少しは心を通わせられたような気がしていた。

「……やっぱり、こたつっていいなぁ。寒くなれば家族はみんな、こたつに入ってあったまるんだよ、両兵」

「へぇ、そりゃ結構なこって。日本人ってのは随分と悠長な民族なんだな」

「……両兵だって日本人じゃない」

「どうだかな。こたつに入って隠居しちまうようになったら、ジジィも連中も終わりだろうな。少なくともこの国で、ああやって忙しく動いているのが性に合ってンのさ。オレも、な」

 青葉は格納庫にぽつんと置かれたこたつ一つを見返す。

 ――いつかはきっと、みんなが家族のようにこたつに入れれば……。

 そんな明日を夢見ることはいけないことなのだろうか。

「山野さんに……いつかきっと、認めてもらえるように頑張る。今日は、その一歩になれた気がするの」

「こたつ一個で大層なことだな。だがまぁ、あの偏屈ジジィをどうにかするのには、生ぬるいくらいでちょうどいいのかもしれねぇ。ま、オレは遠慮しておくがな」

 その言葉一つで歩み去っていく両兵に青葉は声を振っていた。

「……分からないじゃない。両兵だって、いつかはこたつのお世話になるのかもよ?」

「なんねぇし、こたつ一個で戦争でも収まるって言いたいのかよ。ガキの認識だ、ンなもん」

 子供の認識と言われてしまえばそこまで。

 だが、信じてみたいではないか。

「それがいつになったとしても、私は……」

 平和を目指す眼差しだけはきっと、誰かに笑われるものではないはずだから――。

プラモ部屋に仕立てた自室で目を覚まし、モリビトの操主になるための授業を受けるのだが、その日の授業までの数時間、青葉は

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