​44 笑って泣いて強く

​著・シチミ大使

「南さん、何を読んでいるんですか? ……ファッション誌……?」

 窺ってきた黒髪の少女に南は捲っていた誌面から顔を上げる。体操着姿で、デッケンには「津崎」の文字が。

「おっ、青葉。筋トレはもういいの?」

「休憩中なんです。ルイも……あれ? どこ行っちゃったのかな」

「ここよ」

 頭上から振りかけられた声に二人が視線を上げると、屋根に飛び乗ったルイが脚をぶらつかせていた。

「こらぁー! この悪ガキ、そんなとこいると危ないでしょうが!」

「南じゃないんだから、落ちるなんて馬鹿はないわよ」

 澄ました顔で、べ、と舌を出すルイに南が拳を握り締める。

「私だってねー! 曲芸師の黄坂って言えば評判なのよ。《ナナツーウェイ》で何だってやれるんだから! あんたじゃできないこともね」

 どこ吹く風でルイは屋根伝いに歩みを進める。無視された形の南はいきり立って声にしていた。

「聞けぇー!」

「嫌よ。って言うか、南、そんなの読んで楽しいの?」

「あの、これ、ファッション誌とかじゃないですよね……」

 青葉が書面を覗き込む。ああ、と南は応じていた。

「うん。軍の機密とか色々入っている……重要書類?」

「何で疑問形なのよ」

 青葉はさっと身を引く。見てはならないと感じたのだろう。南はあっけらかんと笑って誌面を叩く。

「大丈夫だって! 読んだって呪われるわけじゃないから」

「でも……ばれたらまずいんじゃ……」

「いいえ。ここじゃ軍の機密なんてあってないようなものよ。ベネズエラ軍部から流れてきた技術でモリビトは成り立っているし、武器弾薬、その他の装甲やら何やら資金面も軍からの払い下げだったり試作武器を思わぬ形で渡されたり……まぁ色々ってわけ。だからこうして、本の形になっているものを読むのもまぁ、操主の務めね」

「……私が読んでも……」

「大丈夫、大丈夫! 青葉からしてみれば、好きなものもあるわよ。ホラ、これ! 《ナナツーウェイ》の図面と装甲のアップデート案!」

 開くと青葉は目を輝かせた。

「うわぁっ! すごい! ナナツーのあんなところやこんなところまで……。あっ! 内部骨格まで書かれてるんだ……!」

 感動する青葉を尻目にルイはつんと澄ました面持ちで華麗に地面へと降り立っていた。

「……ロボットオタク」

 呟かれた言葉に青葉はうっと呻く。

「こらぁ! ルイ! あんたってば本当に性悪なガキね!」

「悔しかったら勝ってみれば? 青葉には負けない」

「た、確かに今日の運動でもボロ負けだったし……」

「青葉! 沈んじゃ駄目! ファイトよ!」

「でも……確かにロボットオタクって言われたら言い返せないですし……。ナナツーの極秘図面に興奮する女の子なんて……いませんよね」

 ため息を漏らした青葉に南は髪をかき上げる。

「もうっ、マイナス思考なのはまだまだねー。この間ルイに勝ったじゃない。あれからファントムの練習に打ち込んでいるんでしょ?」

「あ、はい。先生も少しずつ物にしていけばいいって言ってくれたので……」

「現太さんの採点なら大丈夫! 大船に乗ったつもりで頼っておきなさい。私も現太さんに頼りにされたいなー」

「……南ってば、また色ボケ」

「って、ルイ! 悪い言葉を覚えないの! もうっ、どこのどいつが、色ボケなんて言葉を……」

「おい、ヒンシ! 今日の飯、マジィからオレ、要らねぇって言ってんだろ!」

「駄目だって! 今はこの食料でもマシになってきたんだから! 現太さんに、選り好みはさせるなってきつく言われてるだろ」

 駆け出してきた男二人に三人は自然と注視する。

 両兵と川本が言い合いになっていたが、一方的に両兵が打ち切った様子であった。

「あーあ! 飯がもうちょいウマけりゃこっちも気分がマシになるってのによ。これじゃ、モリビトに乗っても戦果は難しいってもんだ!」

「好き嫌いするなって! 両兵はそこんところがワガママ過ぎるよ」

「おー、そうかよ。だったらオレはワガママでいいっての」

 宿舎から出てきた両兵へと注がれたのは胡乱なる眼差しであった。南のそれを感じ取ったのか、両兵はびくりと足を止める。

「……何やってんだてめぇら。雁首揃えて」

「……あー、居たわ、そういえば。悪い言葉を使う張本人が」

「両兵って本当に粗暴だよね」

 うんうんと頷き合う青葉と南に両兵は怪訝そうに眉をひそめた。

「てめぇら二人して何言ってんだ。オレの言葉のどこが粗暴だって言うんだよ」

「そういうところじゃない。あー、これは将来、ろくな人間にならないわ」

 やれやれと肩を竦めた南に両兵は歩み寄って青葉の手にしていた極秘書類を手繰っていた。

「何だ、こんなもん読んでんのか。つまんねーの読んでんな。軍の機密なんて読んで楽しいか?」

「人機の操主なら必要でしょ。返して!」

「ほーれ、ほれ。取りたきゃ取ってみろよ、ちび青葉」

 ぴょんぴょん跳ねて取り返そうとする青葉に、両兵が極秘書類を掲げて煽る。南は制裁の鉄拳を後頭部に加えていた。

「何やっとんじゃ、おのれは! ……まったく、こういうのが悪い影響を及ぼすのよね」

「痛ってぇな、黄坂! てめぇの暴力はシャレにならねぇんだよ! 男の下手な喧嘩よりひでぇんだもんな」

 後頭部をさすった両兵はじっとこちらを見据えているルイの視線に気づいて、極秘書類を掲げようとする。

 ルイが青葉の真似事のように跳ねる動作に入りかけて南の仲裁が割り入った。

「何してんのよ。……ルイ?」

「……知らない。南のバーカ」

「なっ……! 面と向かって馬鹿とは何よ! 馬鹿とは! ……口が悪いのが二人もいるんじゃ、教育上よくないっての」

「言葉より先に手が出る奴が言うかね、マジに。ホレ、もう返すぜ」

 書類を受け取った青葉は、そういえば、と言葉にする。

「アンヘルって、娯楽とかってないの? 両兵だっていつもモリビトに乗っているわけじゃないでしょ?」

 その問いかけは純粋なものだったのであろうが、南は硬直してしまった。両兵はげんなりとした顔を返す。

「……お前、機械いじりが三度の飯より好きな連中の前でそれ言うなよ? ま、実際のところアンヘルに送られてくる物資の中にもあるんだよ。お宝って奴が」

「お宝って……まさか、アメリカ製の最新型のプラモデル?」

「ンなわけねーだろ。どこまでプラモ脳なんだ、てめぇは。まー、縁はねぇか。軍人の払い下げのエロ本――」

「教育的制裁!」

 口にしようとした言葉を南のアッパーが遮る。両兵は地面に転がりノックアウトされたが、それでも聞こえてしまったらしい。

 青葉があわあわと困惑して赤面する。

「……そう、ですよね……男の人ばっかりですし……」

「あー、青葉? 誤解のないように言っておくと、それは両だけだからね? 他の整備士の人たちまで怖がっちゃ可哀想だし……」

「可哀想って認めるってことは事実じゃねぇか。痛て……口の中が切れちまった。まぁ、でも男連中ばっかりで、どいつもこいつも色恋の一つの噂もねぇ、むさくるしいのばっかってなりゃ、それも疑うか」

「……じゃあ、あんたは何かいい娯楽でも浮かぶって言うの?」

「ンなの知るかよ。青葉は人機に乗るのが一番の娯楽だろ?」

「うん、まぁ……。モリビトは好きだし」

「で、オヤジは剣道とか修練とか、しんどい方向ばっかりだし、ヒンシたちだってあんまし変わンねぇな。モリビトの整備と、それにたまに流通してくる装備品とか、そういうんだろ? 静花さんは……よく分かンねぇ。ま、全員が全員、娯楽なんて縁遠いってもんさ。それか、自分たちで作るか、だな」

「作る……そうか! それよ!」

 手を打った南に全員が瞠目する。

「うぉっ……何だ? 何かマズったか?」

「両、たまにはいいこと言うじゃない。そ、なければ作ればいい。それが私たち、アンヘルなんだからね」

 ウインクした南に青葉は呆然と言葉を返しかねているようであった。

 

「ブロマイド?」

 問い返した川本に南は胸を張って応じる。

「アンヘルは資金難でしょ? それに、この間小屋を破壊したお詫びもしたいし。ちょうどいい華ならここに三人揃ってるじゃない!」

 びしっ、と自分を指差した南に川本は愛想笑いを返していた。

「……それで三人で、何をするの?」

「写真機があったでしょ? 軍からの払い下げで。埃を被らせておくのももったいないし、どうせなら三人組で何か写真でも撮ろうかなってね」

「で、カメラマンがぼく……か。でも、写真の心得なんてないよ?」

「いーの、いーの、心得なんて。要は気持ちが入っていればいいんだから」

「暇潰しに付き合ってやってくれよ、ヒンシ。こいつら、娯楽が欲しいんだと」

「娯楽ねぇ……。確かに青葉さんはここに来て日も浅いし、それにプラモの備品揃えるのにも苦労させているから、いいっちゃいいけれど」

 青葉はプラモ一つ作るのにも苦労している。とは言え、一度でも揃えば彼女はそれに付きっ切りのようで部屋の一つが完全に青葉の趣味部屋になっているのは誰もが知ってはいるが。

「カメラ構えて。とりあえずポーズ取るから」

「……何で私まで……」

 文句を漏らすルイに南は肩を寄せ合っていた。

「愚痴言わない! あんただって、訓練ばっかりじゃつまんないでしょ?」

「……南の暇潰しに付き合わされるのも迷惑なんだけれど」

「まぁまぁ。えっと、で、どうするの?」

 問いかけられた青葉が目を丸くする。

「どうって……南さん、知ってるんじゃ?」

「ファッション誌なんて読まないから全然! そもそもファッションとか興味ないし……」

 なので自分は動きやすさを重視した軽装である。スカートは穿かないのだけはこだわりとしてはあるが、他は何でもいいと思っているクチだ。青葉も平常時の服を身に纏っていたが、妙案は浮かばないらしい。

「……私もファッションとか、よく分かんないです……」

「じゃあこの中で、一番ファッションっぽいの……ルイ! あんたならどう?」

「知るわけないでしょ。南がもらってくるの着てるだけじゃない」

「それもそうだった。えー……じゃあ誰もファッション誌も知らなければポーズとかも分かんないの?」

 途方に暮れる南に両兵は、言ったろ? と声にする。

「てめぇらには似合わねぇってな。人機乗りがファッションなんて笑わせるってもんだ」

「むっ……あんたの思い通りにはなりたくないわね、両。じゃあ男性陣からの要望でいいから、ポーズの案とかある?」

「と言われても……グレン、ある?」

「さぁ……。でもカメラを持ったからには責任を取らないといけないのは分かりますけれど」

「ぼくに全投げしないでってば……。って言っても時間も取れないんだよね……親方にどやされちゃうから」

 深刻そうに渋面を突き合わせる一同に、あら、と声がかかる。

「随分と楽しそうね。今日は何かの記念日だったかしら?」

 静花が笑顔でこちらに視線を振り向ける。青葉が僅かに後ずさっていた。

 ――そうか、この子は。

 南はやんわりと割って入っていた。

「いえ、そうじゃなくって。ちょっとカメラがあったので写真でもどうかなって」

「ファッション誌とか、読んだことなくって勝手が分からないんですけれど」

 困惑する川本に静花は提案していた。

「じゃあ、こういうのはどう? カメラに向けて、バキュンと指鉄砲してウインク」

 自ら実践してみせた静花に青葉は呆けたように口を開けている。川本は、うぅんと呻っていた。

「そんななんですかね?」

「こんなものよ、ファッションって言うのは。思ったよりも簡単なんだから」

 そう言って去って行ってからようやく、青葉が力を抜いたのを感じていた。

「……大丈夫? 青葉」

「あ……はい。ごめんなさい、どうしても……」

 確執は埋められない、か。それは彼女にしか理解できない領域なのだろう。

「でも、静花さんのポーズ案、私はいいと思う。青葉は、どう思った?」

 きっと青葉の口からはいい返事は聞けないかもしれない。それでも、少しでも歩み寄れる一端になれれば、と思った言葉に、彼女は首肯する。

「……いいと思います」

「んじゃ、決まり。ルイー、さっきのやるわよ」

「やだ。恥ずかしい」

「なーに人並みのこと言ってるんだか。写真に撮られるだけでしょ?」

 三人で並び立ち、カメラに向けて指鉄砲を向ける。青葉が中央で、自分とルイが脇を挟んだ形だ。

「じゃあ撮るよ。はい、チーズ、っと」

 ウインクも忘れない。

 シャッターが押され、何枚か撮影した後に、両兵が歩み寄ってきていた。

「気は済んだかよ」

「まぁね。さーて、出来上がりを待つわよー」

 大きく伸びをした南に、青葉は僅かながら微笑みかけていた。

「……静花さんに助けられたんですよね……」

「不本意だった?」

「……分かんないです。今は、まだ……」

 青葉もはかりかねている親子の距離。だが、案外それはどちらも意固地なだけで、どちらかが歩み寄れれば正解なのかもしれない。

 少なくとも自分とルイはその見本にはなれればと思っていた。

「ルイー、あんた、撮る時すごい緊張してたでしょ? 横目で分かったんだから」

 肘で突くとルイは手で軽く払う。

「そんなわけないでしょ。……南のバーカ」

「澄ましちゃって。完成すれば嫌でも分かるわよ。ね、青葉」

 青葉は不安げな面持ちであったが、少しずつ和らいでいくのが窺えた。そうだ、家族の形はそれぞれのもの。しかし、ここのアンヘルの面子は少なくとも――家族だと言えた。

「じゃあ、現像して、と。完成したらみんなで見よう。出来上がったら、その時に」

「写真ねー。ま、どうせ出来上がったところで、まご……何だったか、ひ孫? にも何とやらってもんだろ」

「馬子にも衣装でしょ。小卒はこれだから……」

 肩を竦めた南に両兵は言いやる。

「お前だって似たような経歴だろうが」

「こっちは年季があるのよ。あんたとは違ってね」

「おー、そうだった、そうだった。何たって年かさだけは重ねているもんな」

「なっ……あんたねぇ!」

 拳を掲げて両兵を追いかけ回す。青葉はその様子に、静かながら微笑んでいた。

 

「南さーん。なんか、南米から資料が届いていますけれど」

 赤緒が抱えた段ボールに南は寝そべったまませんべいを頬張って指示する。

「あー、その辺に置いといて。多分、請求書とか資料とかでしょ」

「じゃあ、居間に置いておきますよ。……あっ、ルイさん」

「南、これ、アンヘルからの荷物」

「どうせ、上役の面倒くさい請求書とかじゃないの?」

「……これ」

 差し出した一葉の写真と書面に、南は身を起こしていた。

「あっ、これ懐かしいー。ルイ、やっぱあんた硬くなってるじゃない。青葉が何だかんだで一番ノリノリだし」

 ルイを肘で突くと、彼女は心外だとでも言うように手を払っていた。

「……南も慣れないポーズじゃない。……でも、これ」

「うんうん。何だかんだで、残るものにはなったってことよね。青葉、あんたもこれ、見たのよね……」

 添えられていたのは青葉の手紙であった。

 今も南米で戦い続けている彼女は、それでも随分と慣れたのだろう。あの頃のようにおどおどはしていないはずだ。

 それが筆跡から伝わってくる。

 ――自分は大丈夫だと。

「……青葉」

「おっ、何ー、ルイ、ちょっと会いたくなっちゃった?」

 茶化すとルイはぷいと視線を背けていた。

「馬鹿言わないで。……今度会う時は絶対に、超えてみせるってのたまったんだから」

「素直じゃないわねー、相変わらず。でもま、それがあんたららしいっちゃらしいか」

「……何よ。南のバーカ」

 あの日々と同じ口調でルイが声にする。

 ――そうだ、失ったものは数多くとも、得られた大切なものもある。

 今は、得た日々を失わないために、戦い抜くのみだ。

 写真に写った自分たちは、慣れないウインクで指鉄砲を向けて、今を見据えているのだから――。

後頭部をさすった両兵はじっとこちらを見据えているルイの視線に気づいて、極秘書類を掲げようとする。

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