​34 青い風の舞う空

​著・シチミ大使

 ――リバウンドの航空力学で飛翔する物体を分類上、「戦闘機」とは区分しない。

 これは大国が保有数を誤魔化すための詭弁だとか、あるいはもし実戦の域に達した場合において、既存戦闘機とアンノウンを区別するためにある。

 ここで言うアンノウン――未確認の機体はぼやかすまでもなく、血塊炉で稼働する画期的な発明、「人機」である。それは軍学校でいくらか習っていた確認事項であったので、タスク准尉は頭を振っていた。

「それとこれと、どのような関係があるんです? 我々が関知したのは不明物体の殲滅任務であって、人機がどうこうの話ではないはず」

 減らず口を叩いた新兵に対して、この巡洋艦のクルーはそこまで責任感とプライドに雁字搦めでもなかったようで、ジョーク混じりに返答する。

「その不明物体ってのが肝なのさ、准尉殿。軍学校で習わなかったかい? 海域には魔物が存在するって」

 魔物とあだ名されたそれを、観測機の撮影した写真で確認していた。ブリッジに集まったのは四名の軍士官。彼らは精鋭とは言えなくとも、士官学校で「新時代の兵士」と呼ばれていた。

 今より十六年ほど前に確認された戦闘用の機動兵器――人機を操ることを最初から念頭に置かれた教育を受け、そして軍に入ったのならばそれを操るに足る資格を持つ者達を上の世代が揶揄したのだ。

「二本足で立つ機動兵器なんて野暮だろ? 日本人とは違うんだ」とは、何度聞かされたか分からない上の世代の警句で、自分も何度か士官学校で習った人機のバランサー配置に関しては一家言ある身分であったが、今はその二本足で立つ機体が戦場の基本になろうとしている変遷期。時代には当然の事ながら、汎用性の高い世代が求められる。どれだけ上の世代が二本足のロボットなんてナンセンスと嘲笑おうが、それが跳梁跋扈する戦場が本国ではまかり通っている。

 タスクは一度も目にした事がなかったが、南米では最早、その存在は公にされて久しい。

 人機――ラ・グラン・サバナで確認された青い結晶、「血塊」にて動く鋼鉄の巨神。どれほどそれがアニメのような出来事であったとしても、そして馬鹿らしい性能を保持していたとしても、それが戦場の常識になってしまえば、従うのが軍務である。

 堅苦しく考えるなよ、と何度言われたか分からないが、それでも人機という存在に対して懐疑的な話題が多いのは海の上でも同じ話だ。

 それを海の男たちは「魔物」と評する。

 上官が撮影された「魔物」を叩いていた。

「こんなものがあると言うのが……にわかには信じ難い話かもしれないが事実だ。熱源、あるいはX線、それに既存のほとんど全ての計器を使用しても計測不可能の値が弾き出される。これに対して、専門家はこう述べた。黒い波動に関しての行動は我々に一任させてもらおう、と」

「……専門家?」

 問い返した同期に上官が苦々しい顔で頷く。

「ロストライフ現象、聞いたことくらいはあるだろう?」

 南米で確認されてから、世界各国で立て続けに連鎖するようになった怪奇現象だ。

 要人が殺される一件で済むこともあれば、街一つが完全に消滅することもある。そのさじ加減は誰にも分からない。ただ、「人が死に」、そして「消える」ことからロストライフの名が冠せられた。

 この名前に「現象」とつけるのも、また本国のお歴々の考えが透けて見える。

 起こっているだけ、何者かの思想も、ましてや思惟も存在し得ない、ただの「現象」だとでも言いたいのだろうか。そう言い聞かせれば、この殺戮は止まるとでも思っているのだろうか。

 馬鹿な、とタスクは胸の中で一蹴する。これは戦争行為だ。本国と何者かは、秘密裏にこの世界と言う盤面を使って戦争をしている。民衆にその経過が知られたくないから「現象」などという煮え切らない言葉を使っているに過ぎない。

「そのロストライフの基らしい。この黒い何かの光が、それを引き起こすトリガーだと」

 語って聞かせる上官も理解していないのだろう。どこか浮いた出来事に思えるその説明に分かっていたのだが、一人が反論していた。

「人機による制圧じゃないんですか?」

「お調子者」のあだ名がよく似合う金髪の同期は、この時にも張り付いたような笑みを浮かべ、挑発混じりの声を発した。

 しかし、平時ならばその冗談にも付き合えるだけの胆力を持つ上官は厳しい眼差しを返していた。

「……分かっていても、人機に関する全てはまだ極秘だ。ゆえに、魔物に関しても」

 彼もどうやら海の男の噂話の一つにかぶれたらしい。「魔物」だの、馬鹿馬鹿しい限りだ。

「黒い波動を消せば、我々の警戒態勢も解かれると?」

 タスクが質問すると上官は少しばかり平静を取り戻し、その意見に同意する。

「そうだな。そうだと……思われているのだが……現行兵器では黒い波動に対して対処は不可能だと、そういう声明が上より出された。今から三十分以内に専門家連中がここに来る。手荒い歓迎をしてやれ」

 専門家、と毎度濁されるのは気分がいいものではない。本国でも幾度かその連中が手柄を掻っ攫っていったことがあると言う。

 軍人として恥ずかしい限りであった。下がれと命じられて、四人はブリッジを後にしていたが、めいめいに考えることは違っていたらしい。

「お調子者」は自分に早速話題を振ってきた。

「お前、日系のハーフだろ? 機密に関して、詳しいんじゃないのか?」

「誰も大して変わらないよ。軍学校で習ったこと以外はてんでさ。それに、僕が日系だからと言うのは関係がない」

「そうか? そうは見えなかったんでな」

「……何が言いたい」

「魔物に関して、言いたいことがありそうだったからさ。何も関係がなく、任務を飲み込むにしちゃ、お前の面持ちは出来過ぎているよ」

 いやに気が回るのも困り者だ。タスクは正直に答えてみせる。

「……僕たちは、新世代と言われてきた」

「人機に慣れた新しい兵士の育成、か。そこそこ苦労もしなかったクチだろ? 金だけはあった」

 軍学校で習ったことも充実していた。しかしいつも、靄がかかったかのように秘匿されてきた事実がある。

 ――人機による戦闘を加味されながら、人機に関しての情報は極めて限られる、という矛盾。

 いざ、二本足の巨人が闊歩する戦場を上が想定できていないのか、あるいは想定していてもイレギュラーが勝るのかは不明だ。しかし不明を不明のまま処理されれば気分が悪いのはこちらも同じ。

 本国での訓練もそこそこに、同期生たちはそれぞれの戦地に配置された。

 他の者たちがどこへ行ったのか、それは誰にも分からないし、家族にも知らされていない。

 ただ、これからの戦争は違う、と教えられ続けてきた世代に対して、上も下も懐疑的であったのだけは確かだろう。

「教官も、それに下の世代も、やたらと絡んでは来なかったのだけはよく覚えている」

「だな。遠巻きに眺めて、あれが例の……みたいな扱いではあった。でも、触らせてもらえただろ? ナナツーだとか」

「そいつだけだ。トウジャとかは見させてももらえなかった」

 この艦に配備されているのも、自分たち特殊部隊四名のための《ナナツーウェイ》だけである。しかしそれだけでは心許ないと言う判断で、上はロストライフ現象の根源たる黒い波動に対しての専門家を招集していた。

 しかし、海の上に浮かんだ稲光のような漆黒の波動にはただただ驚嘆するばかりである。

 改めて艦橋に出て眺めて見てもやはり印象は変わらない。

「あんなものに警戒態勢を敷くこの艦も分からない」

「分からないから、警戒なんだろ?」

 そうも言える。しかし、そうならば別に引き返せばいい。あるいは別航路を取ればいいだけの話だ。

 だと言うのに、鼻先に突きつけられた黒い波動を相手に、ただただじっと待つと言うのは、どことなく現実味がない。

「犬のほうがまだいい反応をする」

 その冗談に「お調子者」は笑った。

「違いない。吊るされた餌を前にしてただ待っているだけなんて、そいつはよほど行儀がいいんだろうよ」

 その時、上空をヘリが羽音を散らせて警戒しているのが視野に入る。

「今日はやけに飛んでいるな……」

「上空警戒だろ?」

 それは確かにそうなのだが、どうにも奇妙なのは先ほどから数が増えているような気がしてならない。

「ヘリの羽音、さっきまでより酷くないか?」

 尋ねると「お調子者」はうぅんと呻った。

「気のせいだろ」

 気のせいと言われてしまえばそこまでだ。ともすれば気を張り詰めているのは自分のほうなのかもしれない。タスクは警戒任務に戻りかけて、甲板に着地したヘリより一人の女性が出てきたのを目にしていた。

「おいおい、日本人だぜ」

 長髪をなびかせた勝気な瞳の日本人女性はスラング混じりでありながら、英語で上官たちと言い争いをしているようであった。

「何て言ってるんだ? クセが強過ぎる」

「警戒任務にこの数じゃ足りない……轟沈されるって……?」

 言って聞かせたタスクに「お調子者」は言いやる。

「んなこと言っても、俺たちが配備を考えたわけじゃないしよ」

 日本人女性はこちらを一瞥するなり、手招いていた。

 気後れ気味にタスクたちは甲板に集まる。四人とも呼び出されたらしい。

「ナナツーは使えるわけ?」

 驚愕したのは機密情報であるはずの《ナナツーウェイ》のことを相手が熟知していたことだ。その事実だけでも驚くべきなのに、相手は周囲を見渡して声にしていた。

「キョムの人機がすぐに黒い波動を吸収するためにやってくるわ! 人機に乗れる操主は警戒任務に当たって!」

「冗談じゃない。上官でもない人間に操主の命令なんて……」

 言いかけた「お調子者」へと、日本人女性は張り詰めた声で口にしていた。

「……墜とされるわよ。すぐに乗りなさい。死にたくなければ」

 その声のいやに冷徹な響きにタスクは駆け出していた。「お調子者」が後に続く。

「ビビってんのか? 案外、小心者だな」

 言われてもこの感覚を説明する手段がない。タスクは甲板直下に隠されていた《ナナツーウェイ》へと搭乗し、即座に乗り上げていた。

 瞬間、ヘリが直上で撃墜される。

 何に、なのか分からない。この空域には警戒ヘリ以外の機体はないはずだ。

『どこからの攻撃だ!』

 無線に響いた上官の怒声に日本人女性の声が入り混じる。

『キョムの人機よ! ナナツー部隊は滑空砲を持って警戒! 即時砲撃に当たれるように!』

『偉そうな日本人だな。上に何があるって――』

 その言葉尻を裂いたのは不意に甲板に向けられた銃撃であった。

 ガトリングが一射され「お調子者」の《ナナツーウェイ》を打ち据える。キャノピー型コックピットが黒く染まり、その機体に穴が開いていた。銃弾の穴からは青い血が漏れている。

 まさか、と心臓が早鐘を打ち出す。

 恐る恐る上空を振り仰いだタスクは漆黒のヘリが上空にて、そのコックピット部を頭部として中心軸から可変するのを慄く視界に入れていた。

 機体中心部から直角に折れ曲がり、武装を右腕に、ヘリのローター部を左腕に有する人型への変身――否、変形。

 しかしそのようなことが現行の兵器で可能なのか、それとも……という議論が脳内で巻き起こる。いやに醒めた思考の中で、可変したヘリの機体が上空展開する同型機を撃墜していく。

 まるで悪い夢のようであった。しかし瞼を強く閉じても夢は醒めず、色濃い悪夢の臭気が硝煙と血に混じって現実に重く沈殿するだけ。

『キョムの可変人機、《テンペスト》! いつの間にかもうこの空域に辿り着いていたってわけ!』

 日本人女性が声にした刹那、《テンペスト》なる人機が甲板上で棒立ちになっている残り三機へと照準する。

 もう狙いはつけられているのだ。その予感にこの時ばかりはどうしてだろう。

 ――砲口を敵影に据え、引き金を引く気になれたのは。

 死の近づいた神経の昂揚か、あるいはここで過去の経験が活きたか。いずれにせよ、敵に向かって応戦の砲撃で応えたのは自分だけであった。

 ガトリング砲の銃撃が残る二機を反撃の前に追い込む。自分の放った砲撃のみが敵人機――《テンペスト》の肩口に食い込んだ。

《テンペスト》が黒煙を上げながら機動状態に僅かな翳りが差す。しかし機動力が削がれたとはいえ、相手は上空を支配する人機。

 空の支配者なのだ。

 その銃口が自分を狙い澄ました。

 今度こそ、という終わりの感覚があった。

 しかし、その銃弾を防いだのは思わぬ機影である。

『高熱源探知……? この機動力は!』

 上官の悲鳴じみた声と共に、割って入ったのは戦闘機のシルエットであった。

 白亜の戦闘機より咲いた火線が《テンペスト》の銃撃を塞ぐ。すぐさま円弧の軌道を描いて《テンペスト》の陰に入った。

 新たに現れた機影へと《テンペスト》が間断のない銃撃網を見舞うが、高機動を想起させる戦闘機は傾ぎ、そして思わぬことに機体をロールさせて銃撃を回避していた。

 現状の戦闘機にそこまでできる機体は存在しないはず、とタスクが凝視した先に見たのは戦闘機の底面に刻まれた淡い光を放つ矢じり型のモールドであった。

「……リバウンドの文様。まさか、あれも――!」

 瞬間、戦闘機より頭部が現出する。機体が身体を開くかの如く四肢を広げ、その腕に握り締めたのは機体側面にマウントされていたライフルであった。

 手にしたライフルを一射したその人機は《テンペスト》を翻弄する。

 機動力では遥かに勝っているのだ。

《テンペスト》は照準を据えかねて、不意打ち気味に接近した飛翔人機の膝蹴りを頭部に受ける。

 人機の弱点はコックピット部のある頭部だと相場が決まっているのは訓練時代に叩き込まれていた。

《テンペスト》が急下降し、頭部から黒煙と血潮を撒き散らす。

 その怨嗟の銃撃がブリッジを狙いかけたのをタスクは目にしていた。

 習い性の身体が照準し、弾き出された砲弾が《テンペスト》の腹腔を抉る。《テンペスト》の機体が爆発四散する中で、タスクは声を聞いていた。

『援護、感謝します』

 明らかに女性の声が通信を震わせていた。その声の主は戦闘機型の人機を可変させ、空の向こうへと消え行ってしまう。

 空の彼方、青空の果てまでずっと高くに……。

 ――《テンペスト》の追撃がないと判断するまでどれくらいの時間を要しただろう。

 上官の一声で戦闘が終了した事、そして人機部隊は自分しか残っていないことを告げられていた。

 日本人女性が黒い波動を解析し、その継続調査は自分たちに任せて欲しいと要請する。

 どうしてなのか、自分は彼女の去り際、駆け寄っていた。

「あの……あの戦闘機の人機は……」

 仲間が死んだから錯乱したわけでもない。単純に、あの流麗な人機の操主のことが気になったのだ。

 彼女は髪を掻いて困惑した後、やがて声にしていた。

「機密だけれど、まぁいっか。あの子は……一人でも戦い続けているのよ。ま、今回こっちに呼んだのは完全に私の都合だけれど。あの扱いづらい《マサムネ》を物にしていたみたいだし、やっぱり……あんたは強いのね、青葉」

 どこかここにはいない誰かへと向けられた憧憬にタスクは言葉を差し挟めなかった。

 きっと彼女らだけの領域であろう。

 あの後、人機部隊は再編成の憂き目に遭ったが、タスクは未だに夢に描くのだ。

《マサムネ》――遠く異国の名前が混じった人機を操る少女のビジョンを。

 その少女はきっと誰よりも、空の青が似合う少女であるということを――。

魔物とあだ名されたそれを、観測機の撮影した写真で確認していた。ブリッジに集まったのは四名の軍士官。

​著・シチミ大使

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