​10・エルニィの大発明

​著・シチミ大使

「さぁ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい! ボクの掻き集めた最新の発明品だよ!」

 赤緒は突然に境内で広げられた赤風呂敷の屋台に困惑して、反応が遅れてしまっていた。

「……あの、立花さん。これは……」

「うん? 日本のエンニチってヤツでしょ? いやー、乙なもんだよねー。ブラジルにもお祭りはたくさんあったけれど、日本のは何だか妙な感じ!」

「そうじゃなくって……。その、どうして縁日を?」

 その問いかけにエルニィは不服そうに頬を膨らませた。どこで取り揃えたのか、わざわざ紅白の衣装に身を包んでいる。

「だって、お祭りでは神社でエンニチって、日本の決まりみたいなもんだって聞いたよ?」

 その決め付けに赤緒は苦笑してしまう。確かにここ――柊神社でも縁日は行われているが、それは管理者である五郎の仕事である。

「あの……五郎さんに断りもなくは……」

「いや、言ったよ? そうしたら、エルニィさんのエンニチも見てみたいですって。だから、今日はボクの一日屋台!」

「五郎さんってば……。でも……」

 赤緒は言葉を彷徨わせる。縁日と呼ぶにしては、エルニィの広げた屋台はあまりにも珍妙であった。

 赤風呂敷を広げた上に、様々なものを並べている。用途の分かるものから、明らかに用途不明のものまで、大小二十個近くあるだろうか。

「何の屋台なんですか?」

「よくぞ聞いてくれたっ! ボクは天才だからね。もちろん! 売るのはボクの発明品さ!」

「は、発明品……?」

 思わぬ言葉に赤緒はうろたえる。エルニィはふんと胸を反らす。

「一世一代のエルニィ・立花の発明品市! 見ていかないと損だよ!」

 エルニィはどこで覚えたのか、ハリセン片手に売りさばき始める。赤緒は、あわわ、と事態の深刻さに絶句していた。

「どうしましょう……。安全なものなんですよね?」

「安全も安全! これから先、必需品になるのは間違いナシの品ばかりだよ!」

 赤緒は恐々とそのうち一つを手に取ってみる。テレビの画面がそのまま貼り付いたような小さな小型の機械部品であった。

 掌サイズほどしかない。何に使うのか、と持て余していると不意に声が響き渡った。

『すっごいでしょー、それ。ボクも自信作!』

 エルニィの持つもう一方の小型機械からの通話である。慌てて持ち直し、赤緒はその小型機械を眺めた。

「……何なんです? 通信機?」

「そんな野暮なもんじゃないよ。色々できる万能機さ! たとえば、ここ。画面を叩いてみて」

 画面を一回叩くと、それだけであらゆる情報が浮かび上がってきた。

 無数のアイコンが同時に動いている。

 それだけで赤緒は目を奪われていた。まるでクリスマスの極彩色のイルミネーションだ。それが掌の中なのだから、驚嘆に値する。

 覚えず裏側を覗き込んでいた。

 エルニィがそれを見て笑い声を上げる。

「赤緒ってば! 裏に誰もいないって! 仕掛け人とか期待した?」

 ぼっと赤面してから、その機械の画面を恐る恐る叩く。

 すると画面が切り替わり、なんとその小さな箱に映し出されたのは……。

「えっ、テレビ……ですか?」

「そうだよ。テレビの受信電波に合わせてあるから。それさえあればどこにいてもテレビが見られる優れモノ!」

 ウインクするエルニィに赤緒は機械をさらに叩く。すると、今度は大音響の流行歌が流れ始めた。

「うわわっ……、立花さん……! 止め方! 止め方教えてくださいっ!」

「赤緒ってば、スマートじゃないなぁ。ホラ、止まった」

 ホッと一息つき、赤緒は改めて尋ねる。

「これは、何なんですか? 電話かと思ったらテレビにもなるなんて」

「うぅーん、名前まで考えていないけれど、試作品だし? ボクの名前から取ってエルニィフォンとでも名付けようかな」

「エルニィフォン……ですか。これ、どうやって造ったんですか? これさえあれば、困らないんじゃ?」

 ともすればすごい発明品を引き当てたかもしれない。その予感に胸の高鳴りを覚えた赤緒は、直後のエルニィの渋い顔に否定された。

「でも、これ……電波領域が狭過ぎるんだよね。今のところ、テレビの電波を……まぁ、法外に受信するか、それか同じ周波数の通話機同士で会話するだけ」

「……じゃあ、電話の代わりには……」

「ならないだろうね」

 浮き足立った気持ちが一気にすぼんでいくのが自分でも分かった。最初から、大発明に行き会うなどやはりないか、とエルニィの品々を見る眼を厳しくする。

「……言っておきますけれど、こういうのばっかりだったら撤退してもらいますから」

「えーっ……赤緒厳しいなぁ。そこそこの自信作だったのに。じゃあ、これは?」

 パシャリと光が瞬く。エルニィがその箱を裏返すと、驚愕の面持ちで固まった自分の顔が映し出されていた。

「これって……」

「カメラだよ。で、現像の必要がなくって、その時に撮ったものを確認できる」

 赤緒は覚えず興奮気味にそれを受け取っていた。

「すごいじゃないですか! これは大発明かも!」

「えへへー、そんなことはあるかもだけれど」

「で、どうやって写真にするんですか?」

「えっ? 写真にはならないよ?」

 今度はこちらが疑問符を浮かべる番であった。エルニィと一緒に呆けた顔を突き合わせる。

「えっ……写真にならないんじゃ、カメラとは呼べないんじゃ?」

「うぅーん……。今の写真機の規格じゃ、こいつを現像する術はないんだよね」

「つまりは……」

「撮ったものをその場で確認できるだけ……ダメ?」

 赤緒は静かにその箱を風呂敷の上に置いていた。

「ダメですっ! もうっ、立花さんってば、これじゃガラクタ市じゃないですか!」

「がっ、ガラクタ市は酷いな! ボクの大発明市なのに!」

 赤緒は手当たり次第、その発明品とやらを手に取って確認する。

「これは? 薄っぺらくて、小さいですけれど」

「あっ、音楽が聴けるヤツ」

「でも……何だかつやつやしていて、真ん中はくるくる回せますけれど……」

「データにしないと聴けないからね」

 赤緒はぽいと投げ捨てる。

「あーっ! 大発明市なんだからもうちょっと丁寧にしてよ!」

「……これは? 今度はやけに大きいですね。人の背丈くらいありますけれど……箱ですか?」

「それはー」

 エルニィは箱の上蓋を取り払う。中で《モリビト2号》の立体物が出来上がっていた。

「えっと……説明が難しいんだけれど、三次元のデータをそのまま中で成型するんだ。もちろん、基のデータは必要だけれど理論上、この箱の中に収まるデータなら何でも複製できるし、構築できちゃう」

 赤緒は興味深そうにモリビトの立体物を手に取った。驚くほど軽い。

「軽いですね。すごいなぁ……。これ……何で出来ているんですか?」

「プラスチックだね。多分、理論上は何でも造れる……」

「何でも……」

 胡乱そうに赤緒はエルニィに顔を近づける。エルニィはうろたえたように後ずさった。

「な、何……?」

「危ないものとかも、造れちゃうんですか?」

「……うん。銃とかも……」

 赤緒は箱を蹴りつける。それだけで箱が内側からショートの火花を散らした。エルニィが悲鳴を上げる。

「何やってんの! 精密機械なんだから!」

「……私が蹴ったくらいで壊れるなら、売り物じゃないでしょう。それに! 危ないものは縁日では禁止です!」

「平和利用もできるはずなんだけれどなぁ……」

 壊れた箱から視線を外し、赤緒は次々と売り物を手に取った。

「これは?」

「えっと……本が読める機械だね。全部データ化してある」

 赤緒は画面を捲ろうとするが、本のようにはいかない。無理やり読もうとして爪を立てる。

「あー、ダメだって、赤緒。こうやって、スルスルーって指を滑らせて読むんだよ」

 エルニィは軽快に使用するが、どうにも使い辛い。

「……本でいいじゃないですか」

「……まぁ、そうなんだけれどさ」

「これは? 大きな……枕?」

「あー、うん。それはどうかなぁ、って思ったんだけれど、一応余った布とか、あとは機械で計算して作った、人間を安心させられる大きな枕」

 赤緒はその枕へと恐る恐る身体を押し当てる。すると、小さな反発力が発生し、自分の体重をそのまま吸収した。

「うわっ……これ、油断すると落ちちゃう……」

「人間が一番安心できる設計のはずだから、シートとかに採用できないかなぁ、って思ったんだけれど」

「あっ、でもこれ……」

 陽だまりが落ち、瞬く間に深い眠りへと誘われそうになる。赤緒は頭を振って眠気を振り払った。

 いけない。これは人をダメにする代物だ。

「ダメです、これは。これは、人をダメにします」

 きっぱりと言い放つとエルニィも渋い顔をした。

「うん……。まぁそういう目的で作ったんだけれど……」

「これは? 車か何かのエンジンですか?」

 円筒状の物体が数珠繋ぎに接続されており、一見では何かの駆動機にしか見えない。

「これは、掃除機だね」

「掃除機? でも、そうは見えませんけれど……」

「コードがないんだ。充電式で、それでこいつの吸引力はタダモノじゃないよー」

 作動させた瞬間、栗色の髪の毛が絡まり、超強力な吸引力で吸い込まれそうになってしまう。赤緒は慌てて電源を切り、掃除機を地面に叩きつけた。

 鈍い音と共に掃除機が沈黙する。エルニィが再び大声を上げて頭を抱えた。

「また何やってんの! 壊しちゃダメじゃん!」

「……危ないものは禁止です! こんなに強力じゃ、吸わなくっていいものまで吸っちゃう」

「赤緒ってば、ワガママだなぁ……。じゃあボクの発明品はほとんど使えないじゃん」

「縁日って言うのは、そんなに自由なものじゃないんです。もうっ……」

 呆れ返った赤緒の目に留まったのは、たてがみのような形状をした物体であった。柔らかくて軽く、それでいて伸縮性も高い。

「……これは?」

「あーっ、それもう余り物だよ。何に使えるのかな? 自分でも分かんない。ホラ、こうやって頭に被って……それで髪の毛洗うとか?」

 ためしに赤緒はそれを被ってみる。見た目は珍妙だが、頭頂部を洗うのにとても適していた。

 これならば、シャンプーを使った時に目に入るのを防げるのではないだろうか。

「立花さん。これ、いくらですか?」

「えーっ、そんなの買うの? 五十円でいいよ」

 エルニィは明らかにむくれている。大方、自分の発明品の中では優先度が低いのだろう。

「名前は? 何て言うんですか?」

「……見たまんま、シャンプーハットかなぁ……。さっきの機械で出力した余ったプラスチックで試しに作ったゴミだよ? いいの? それで」

「はい。私には必要なものだと思ったので。あ、それと立花さん。勘違いをなさっているようなので言っておきますと、縁日というのは人と人とが触れ合う場です。なので、縁のあるものが惹かれ合えば、それでいいのかと」

「大発明市じゃダメってこと?」

「ダメじゃないんですが……どれもこれも、日本人には縁がありませんので」

「うぅーん、考え直しかなぁ……」

 深く悩むエルニィを他所に赤緒は境内へと戻っていった。

「変なものだけは売らないでくださいねー!」

 

 その夜である。

 誰も浴室に訪れていないのを確認してから、赤緒は昼間に買った「シャンプーハット」を頭に装着した。

 見た目は奇妙だが、自分の長い髪を洗うのに、この「シャンプーハット」は最適だった。

 なにせ、毎回必要以上のシャンプーを使うせいで五郎から注意を受けているのだ。

 これならば必要最低量だけで済む。

「立花さん。……天才だと思います。確かに」

 わっしゃわっしゃと長髪を磨く。赤緒はその日から少しばかり快適な浴槽時間を過ごせるようになったのは、また別の話。

赤緒は言葉を彷徨わせる。縁日と呼ぶにしては、エルニィの広げた屋台はあまりにも珍妙であった。

​NEXT 雨がやんだら

​著・シチミ大使

© 2018,2019 綱島志朗 公式サイト 合同会社TAK