​31 チキチキ!アンヘルとんとん相撲

​著・シチミ大使

 とんっ、とんっ、と指を跳ねさせる。

 すると、土俵を形取られた紙の上で、二つ折りされた両者が近づき、紙の駒を擦れ合せていた。

「よしっ、行けっ! ボクのブロッケン!」

 エルニィが指を弾けさせ、ブロッケンの絵が描かれた分身を前に進ませる。それに対して、ルイは落ち着き払ってとんっ、と人差し指を跳ねさせていた。

 その一動作だけでナナツーを描かれた駒がくいっ、と姿勢を傾かせた。

 ブロッケンの絵が描かれたエルニィの側の駒が倒れる。エルニィはむきーっと髪を掻いた。

「また負けたーっ! 何で? 紙の駒の動きは全部シミュレートできているのに!」

 ルイがナナツーの駒を手に腕を掲げる。その様子を夕飯の準備をしていた赤緒は視野に入れていた。

「何をしているんです?」

「あっ、赤緒、ちょうどよかった。これ、日本のユーギなんだってさ。こうやって、とんとんやって相手を押し切ったり、押し出したりするの。何て言ったっけ……えっと……大きな人たちがやたらと押し合いへし合いする、あれ……」

「もしかして、相撲ですか?」

 見れば、土俵を象ったそのフィールドに二つの駒が出揃っている。二つ折りにされた紙の駒が互いを押し合うという形式は古来より日本に伝わる遊戯であった。

「とんとん相撲、ですね。何だか懐かしいです」

 いつの間にかその様子を眺めていた五郎が微笑ましげに口にする。赤緒は口から心臓が飛び出るかと思ってしまった。

「居たんですか……五郎さん」

「ねーっねーっ。みんなでやろうよ。ルイってば強過ぎるんだもん。ずっるい!」

「あんたが弱過ぎなのよ。こんなんじゃ、私のナナツー大関は倒せない」

 ルイの挑発にエルニィは卓を叩いて声にする。

「ホラ! ああして調子乗ってるんだ! 鼻っ柱折ってやりたいと思わない?」

「でも、とんとん相撲ですか。子供の頃にはよくやったものですが、大人になるとやらなくなりますよね」

 五郎の言葉に赤緒は仔細にとんとん相撲の土俵を観察する。

 二つの駒がぶつかり合うだけの距離。逃げ場はなく、向かい合った両者は紙の駒で相手を押し切るか、押し出すかしかない。

 シンプルな遊びだ。

「あれ? 立花さん、ゲームやらなくなっちゃたんですか?」

 テレビゲームをいつの間にか放置している。エルニィはむっとむくれた。

「……だって、ルイに勝てないんだもん。他の人ならともかくとして。で、ルイに勝てる遊びで勝負しようって思ったら、これに行き着いたわけ」

「とんとん相撲に……」

「うん。とんとん相撲。ねぇ、みんなでやろうよ。誰がヨコヅナになるか、勝負だ!」

 縋ってくるエルニィに赤緒は五郎へと視線を配る。彼は穏やかに微笑んだ。

「いいですよ。赤緒さん。立花さんも退屈なさっているんでしょうし、いつもは人機のことで助けていただいています。夕飯は私が仕込んでおきますので」

「すいません、五郎さん……。で、その、とんとん相撲ってのはどうやってやるんです?」

 赤緒の質問にエルニィはふっふっふっ、と怪しげに笑みを浮かべた。

「使う紙はここから。他の台紙とか、強度の高い紙は使っちゃ駄目。で、駒を描いたら二つに折る! それで自分の力士の完成だよ」

 赤緒は困惑しながら自分の分身力士たるモリビトの絵柄を描きつける。描いたら紙を切り、二つ折りにしてようやく力士の完成だ。

「どうせならみんな呼ぼうよ。メルJとかさつきとかも」

「ええ……。ヴァネットさん、こういうのはやりそうにありませんけれど」

「まったくだ」

 不意に発せられた言葉に赤緒は仰天してしまう。いつの間にこの場にいたのか、メルJは紙を翳す。

「こんな幼稚な遊びに付きっ切りになるのならば、私のシュナイガーを早く直せ、立花。そうでなければ協力はしない」

 メルJの言い草にエルニィは不穏な笑みを返していた。

「いいのかなー、ボクにそんな口を利いて。シュナイガーの整備にかかるかどうかはボクのモチベーション次第なんだよ? だって言うのに、勝負に入る前から投げるなんて。あ、もしかしてメルJ、勝つ自信ないの?」

 明らかな安い挑発にメルJは眉を跳ねさせていた。

「馬鹿を言え。こんなもので勝負したところで話にならんと言っただけだ」

「怖いんだー? 負けるの」

 ぷぷっ、と含み笑いを漏らしたエルニィにメルJが赤緒の手から台紙を引っ手繰る。

「……身の程を弁えさせてやる」

「言ったね! よぉーし、アンヘルメンバー総出で勝負!」

 火が点くと止まらない。赤緒は内心呆れ返りつつ、自分の駒を眺めていた。

 

「……で、何で私が行司なわけ?」

 問い返した南にエルニィが頼み込む。

「やってよー。それっぽい空気出したいじゃん」

「それっぽいって……。とんとん相撲ねー、南米でもやったけれど、ルイは強いわよー? 確か負けたのは……あ! 青葉の作った奴にだけは負けたんだっけ?」

 その言葉がルイの闘争心に火を点けたのか、彼女は平時よりも鋭い眼差しで土俵を睨む。

「……青葉以外には負けない」

「言うじゃない。よぉーし! まずはルイとさつきから! 南、あれやってよ! あれ! 土俵で力士相手にやる奴!」

 南は後頭部を掻いて行司の役目を買って出ていた。

「しょうがないわねぇ。両者、見合って見合って……」

 さつきの操るのはナナツーライトを象った力士である。対してルイの操るのはナナツーの力士。頭二つ分ほど、さつきの操る力士のほうが高い。

「これって……どういった要素が優位に繋がるんでしょうか?」

「ま、それは見てのお楽しみね。はっけよい……のこった!」

 号令でさつきとルイが同時に土俵の端をとんとんと叩き始める。さつきは無暗やたらと叩くが、ルイはほとんど最小限の回数しか叩かない。

 その戦局を赤緒は不思議そうに見やる。

「……攻めたほうが優位なはずなのに、何故……」

「赤緒さん、さては素人ね。この戦い、ルイってば容赦ないわ」

「えっ、どういうことですか? だって、ルイさん、ほとんど叩いてないですし……」

「とんとん相撲は攻めるだけが勝負じゃないのよ」

 その言葉通り、さつきの駒がバランスを崩して倒れる。ルイに軍配が上がり、赤緒は仰天していた。

「どうして……攻めていたのはさつきちゃんのはず……」

「とんとん相撲では安定感のある力士のほうが優位になる。今回、さつきちゃんの操る力士は頭身が高い分、逆に不安定なのよ。だから、ルイの駒がナナツーなのはベストなのよね。変に背丈があるととんとん相撲では転びやすいし、ナナツーを象ったのなら、安定感はかなり高いわ」

 まさか戦う前の力士選びから勝負は始まっているなど思いも寄らない。

 赤緒は感心しつつ、別の卓で始まったメルJ対エルニィの戦局を視野に入れていた。

「のこった! のこった!」

 とんとんと土俵端を叩くエルニィにメルJはどこか気圧されている。

「私のシュナイガーに勝てるとでも思っているのか!」

「分かんないよ! だってこれはとんとん相撲だからね!」

 交わされる言葉はどこか物騒だが、これは所詮とんとん相撲である。

 何度か叩いた末にメルJの駒が押され、後ろに倒れ込んでいた。エルニィがガッツポーズを作る。

「まさか……私のシュナイガーが……」

「やった! ボクのブロッケン!」

 勝利した力士を掲げるエルニィに南は微笑ましく応じる。

「あれも、敗因はメルJの力士が後ろにバランスが偏り過ぎているせいね。まぁ、本当の人機戦ならともかく、アンシーリーコートが使えるわけでもないのにバックパックを再現したのが痛手になったか」

「どうしてだ……。私のシュナイガーは完璧なはず……」

 確かに赤緒の見る限り、一番真に迫った力士の絵が描けているのはメルJである。しかし、とんとん相撲において力士のクオリティとその実力は比例しない。

 如何に美麗な絵を描いてもバランスが悪ければそこまでなのだ。

「……結構、奥が深いですよね……」

「赤緒っ! 今度はボクのブロッケンとモリビトで勝負だ!」

「……受けて立ちます」

 土俵にモリビトをセットする。エルニィもブロッケンをセットし、向かい合った。

「両者、見合って見合って……はっけよい……」

 赤緒はごくりと唾を飲み下す。エルニィはふふんと鼻を鳴らした。

「赤緒も倒して、ルイも倒す! それでボクはヨコヅナだからね!」

「さ、させませんっ! 私が横綱です!」

「のこった!」

 号令と共に土俵端を叩く。赤緒は先ほどまでの戦闘で叩き過ぎれば逆効果なのは学んでいた。加えて自分の選んだ力士はモリビトの形。ルイの操るナナツーと同様、下半身に比重を置いた力士だ。そう簡単に倒れず、そして自滅の恐れも少ない。

 そうなってしまえば、戦いの行方は自ずとお互いの押し合い勝負に持ち込まれる。

 紙の手が擦れ合い、エルニィのブロッケンがモリビトを押し込もうとした。

「いっけー! ボクのブロッケン!」

 エルニィの叩く指がリズミカルな音を刻む。恐らくエルニィの眼にはどこをどう叩けば効果的なのか手に取るように分かっているに違いない。

 しかし、自分も安定型の力士を選んだ以上、この勝負は純粋なパワー勝負に集約される。

 赤緒はとんとんと土俵端を叩き、モリビトを進ませた。

「負けない、負けたくない……負けられないっ!」

 その時、赤緒のモリビトがくいっと手先を曲げ、エルニィのブロッケンを押し倒していた。

 その様子に南のジャッジが入る。

「エルニィがダウン! 赤緒さんのモリビトの勝ち!」

 その判定にエルニィが文句をぶつけた。

「えーっ! 今のまぐれじゃん!」

「まぐれでも、勝ちは勝ちでしょ」

 ちぇーっとエルニィがむくれる。赤緒は勝利したモリビトの力士へと頬ずりした。

「やりました! 私が横綱!」

「まー、胸だけはヨコヅナかもねー」

 エルニィの嫌味を聞き流し、赤緒はルイと対峙する。ルイのナナツーは高度なバランス型。それに対して自分のモリビトもほぼ同じシルエットだ。

 ここで勝利できるかの条件は、やはり押し切り、あるいは押し出しであろう。

 つまるところ、適切なタイミングでの力加減と、そして力士への信頼が命運を分ける。

「負けませんっ。ルイさん」

「……赤緒のくせに、勝てると思ってるの?」

 互いに駒を土俵に置く。南が号令を務めていた。

「見合って、見合って……。はっけよい……」

 赤緒が指を構える。ルイはキータイピングのように五指を広げた。その独特の構えに、赤緒は絶句する。

「そんな構え……!」

「赤緒、昨日今日とんとん相撲を始めた人間が、私のナナツーには勝てない。それを教えてあげる」

「のこった!」

 開始の声に赤緒は人差し指での応戦を試みたが、ルイの飾り立てるナナツーの動きは遥かに速い。

 即座に接近し、寄り切りをかまそうとする。その動きはまるで紙の駒とは思えない。意思が宿ったかのように、ナナツーがモリビトを押し切ろうとする。

 攻撃の構えに赤緒は寸前で回避していた。とは言っても明確な回避行動を取ったのではない。モリビトの下部バランスが功を奏し、一撃を受け切ったのである。

 ――取られていた?

 その予感に赤緒の首裏に嫌な汗が滲む。ルイは無表情のまま、ナナツーによる追撃を行っていた。

 赤緒は人差し指でとんとんと叩き、モリビトの姿勢を制御しようとするが、それでもナナツーの汎用性の高さに辟易する。

 駆け回るかのようにモリビトの脇に入り、横合いからの押し出し。

「そんな技……!」

「甘い、赤緒」

 とんとん相撲において横からの攻撃はどのような駒であれ想定されていない。加えて紙の強度の関係上、真正面からの押し出しならばまだしも、側面の攻撃は全くの範疇の外である。

 想定されてない攻撃を受ければ沈むのは必定。

 だが、赤緒はここで逆転の策として、ハッとナナツー側の土俵へと思い切り肘を入れていた。

「これで!」

 土俵のバランスが変位し、倒れる運命にあったモリビトが僅かに持ち堪える。

 ルイが舌打ちした。

「土俵バランスを変える……。こんな短時間で覚えるなんて」

「禁じ手なのか分かっています! それでも、勝つ!」

「そう……そうまでして、やるのね。だったら、私も本気を出す」

 一瞬だけ面を伏せたルイは直後、五指を用いた弾き返しでモリビトを圧倒していた。

 まるで本物の力士がそうするかのように、張り手が見舞われる。まさか、と赤緒は息を呑んでいた。

「そんな……。とんとん相撲で複雑な動きなんて……!」

「嘗めないでよね、赤緒。年季が違うんだから」

 ナナツーの駒が回り込み、モリビトの背後を捉える。こうなってしまえば、赤緒の側からモリビトの動きを変えることはできない。何よりもナナツーの駒が邪魔をする。

「こっちの動きを完全に制して……!」

「モリビト……もらった!」

 ナナツーの押し出しがそのまま、モリビトを土俵の端へと追いやろうとする。どう足掻いても、モリビトへの援護は入らない。この場合、ナナツーが完全に塞いでいるのだ。

 ――どうする? と赤緒は考えを巡らせる。

 下手な手を撃てばモリビトは墜ちかねない。しかし、ただ手をこまねくわけにもいかない。

 最善の手を、と赤緒は土俵を仔細に観察し、そしてその「神の一手」を脳裏に浮かべていた。

「……ルイさん。確かに今の状態で、全ての攻撃手段はモリビトに届きません。ナナツーが邪魔しているから」

「諦めるのなら、今よ」

 ルイの最後通告に赤緒はキッと双眸に闘志を浮かべていた。

「諦めないっ! それに、見えました! モリビトに攻撃は届きませんが、でも私の手は! ナナツーには届く!」

「まさか……」

 赤緒は人差し指以外の手を用いて土俵端を激しく叩いた。もちろん、これではモリビトへの攻撃司令に成り得ない。

 これは――ナナツーの足場を崩す一打だ。

 ルイがそれを悟った時にはもう遅い。ナナツーはルイから離れたがゆえに、咄嗟の赤緒の攻撃に対処できない。

 土俵へと衝撃が至り、ナナツーの駒がぱたんと倒れた。

 健在のモリビトを目にして、南が判断する。

「この勝負! 赤緒さんの勝ち!」

 その言葉に赤緒は勝ちどきを上げる。

「やりました! 私が連勝っ!」

 ルイが意気消沈する。倒れたナナツーを見やり、よく頑張ったと激励していた。

「えーっ、それでは第一回、チキチキ! トーキョーアンヘルとんとん相撲大会で優勝者は、赤緒さんで――」

「お前ら……さっきから何やってんだ?」

 不意に発せられた声に全員がびくつく。呆れ返った様子で両兵が土俵を眺めていた。

「両! 何しに来たのよ!」

「いや、飯をもらいに来たんだが……お前ら夕飯時に暇なことやってんなー。揃いも揃ってとんとん相撲かよ」

「見てください! 小河原さん! 私のモリビトが横綱ですっ!」

 ふぅん、と両兵は観察し、そして台紙を手に取る。

「この台紙から作りゃいいんだよな?」

「え、あ……うん。両兵もやるの?」

「まぁ、それなりに腕に覚えはあってな」

「私のモリビトが最強ですからっ! 小河原さんだって勝てませんよ?」

「さて、どうだかな」

 両兵が紫色のモリビトの力士を土俵に据える。赤緒はふんふんと鼻歌を漏らしながら、対峙させていた。

 

 ――三十秒後。

「あっ、小河原さん。いらしていたんですね」

 夕飯の支度を終えた五郎が顔を出すと、そこには机に突っ伏して負けを噛み締めている赤緒がいた。両兵は、まぁな、と応じる。

「何でーっ。私のモリビトが最強なのにぃ……」

「アホか。年季が違うっての」

 むくれた赤緒がモリビトの駒を労う。

「そもそも何でとんとん相撲なんてやってんだ?」

「ボクがルイに勝てなかったからだよ。ま、途中から赤緒が熱中していたけれどねー」

 大人げない、と頭を振ったエルニィに赤緒はまんまと乗せられてしまったと反省する。

「ま、オレのが最強だろ。これは決まりだな」

「横綱の名は、結局両兵が持ってっちゃうのかー。ねー、誰かこの中で両兵に勝てそうな人いないのー?」

 その問いかけに南が、そういえば、と五郎を促す。

「五郎さんもやってみませんか? 夕飯の支度任せきりでしたし」

「私は……自信はないですけれど」

「おーっ、アンヘルの女衆じゃ相手になんねぇし、誰だろうとかかって来いってんだ」

「では。一試合だけ……」

 五郎が微笑んで台紙を手にする。

 ――この時、誰も知らなかった。強い人ほど控えめであると言う事実を。

土俵を象ったそのフィ|ルドに二つの駒が出揃っている。二つ折りにされた紙の駒が互いを押し合うという形式は古来より日本に伝わる遊戯であった。

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