22 月に乾杯

​著・シチミ大使

「南。メルJのシュナイガー、まだ修復の目処が立たないの? いい加減、装甲の一つも直してあげないと血塊炉が駄目になっちゃうよ?」

 エルニィの発した言葉に南は額に手をやっていた。

「うぅーん、金づるには話を通してあるんだけれどね。トウジャのフレーム構造は特殊だし、それにあれはかなりメルJの専用カスタムが入っていたから、直すのにはそれなりに時間とお金がかかるのよ」

 エルニィは座敷で胡坐を掻いてせんべいを頬張る。

「でもさー、いくら八将陣を効率よく倒せているとは言え、戦力が削れるのは惜しいじゃん。金づるの連中が南米で動いて東京までの資財の運搬だって馬鹿にならないし、やっぱり日本で資財確保が一番なんじゃない?」

 南もせんべいを口に含み、うんうんと頷く。

「それができればねー。苦労もないんだけれど、やっぱり島国だから資源が乏しいのよ。高津重工がこっちに構えているとは言っても、全く別クチに近いから」

「高津……ってアンヘルの前身だっけ? 日本にあるんだ?」

「南米支部としてのアンヘルだからね。ルエパとウリマンからの技術提供があるって言っても、基本は日本高津重工のメンバーによる資源の要請が必要になるわけで……。まぁ、友次さんがうまくやってはくれているみたいよ?」

「あの人ねぇ……。怪しいけれど任せるっきゃないんだよね。《ナナツーマイルド》と《ナナツーライト》を運んできたの、あの人だし」

 エルニィは不信感を隠し切れなかったが、それは南も同じらしい。どうにも煮え切らない眼差しで、ちゃぶ台の上にある菓子を睨んでいた。

「……何者なのかしら、あの人。南米じゃ見なかった顔のはずなんだけれど」

「ルエパ所属の技術者って聞いたけれど?」

「両からはよく分かんないけれど、強いって聞いたわよ?」

 互いに顔を見合わせ、両者共に呻る。

「……何者か分からない人を抱えているって……相当まずくない?」

「ま、分かんなくても頼るしかないって言うのが実情でね」

 南は緑茶をずずっとすする。エルニィは庭先を眺めていた。

「そういや、当のメルJと友次さんはどこに? 見ないけれど」

「日本の高津重工に出向いているみたいよ? シュナイガーが特殊だったから、他の人機での適性を見たいんだってさ」

「まぁ、大破しているから場繋ぎの機体が欲しいって言うのが本音だよね。その間にキョムに攻め込まれたら敵わないし」

「そーいうこと。おっ、茶柱」

「でも……いくらアンヘルに正式加入したって言っても、メルJが他の機体に乗りたがる?」

「それも込みで、みたいねぇ。シュナイガーにこだわりが強過ぎて、って言うのもあるし。ナナツータイプなら、この国でも大手を振るって量産可能だから、そっちの試用もしたいって言うのが友次さんの事情でしょ」

 エルニィは寝転がって額に乗せたサッカーボールでバランスを取る。

「分かんないなぁ……。《モリビト2号》が飛べるようになったのは南米で培った技術の粋だけれど、あれも血塊炉を三つも使っているからね。安価で飛行可能な、新しい人機を造りたいんだろうけれど」

「《バーゴイル》の鹵獲って言う線も、ないわけじゃないみたいよ?」

「無人機構さえ抜いちゃえば《バーゴイル》だって立派な人機だし、考えつくよね、普通は。でもナナツーなんだ? ……何で?」

「低コストで、なおかつ日本製だからでしょ。日本人は好きだからね。国産」

 南はテレビを点ける。エルニィからしてみれば、随分と遅れた技術で成り立っているテレビに通信機器だ。しかし、日本に愛着がないわけでもない。

 時には遅れた技術にも愛を注ぐのが日本人の感性なのだろう。

「それよりもエルニィ。今日はいいの入っているわよ」

 南が取り出したのは大瓶の日本酒であった。エルニィはふふっと悪い笑みを浮かべる。

「……いいの? 日本では飲酒は二十歳からなんでしょ?」

「それは日本のルール。私たちは」

「日本人じゃないから、ね。よぉーし、酒盛り――!」

「駄目です!」

 赤緒が空けようとした大瓶を掻っ攫う。調子を抜かれたように南とエルニィが酒瓶を求めた。

「赤緒ぉー、何考えてるの? 酒盛りだよ?」

「駄目ですっ! お酒は二十歳からっ!」

「お堅いわねぇ……。南米じゃ、七歳から飲んでもいいのよ?」

「ここは日本ですからっ!」

 言い放った赤緒は二人分の手を掻い潜る。エルニィがちぇっと舌打ちした。

「……ねぇ、赤緒。メルJは、本当にあれでよかったのかなぁ」

「……あれと仰るのは?」

「なし崩しで仲間になってくれたけれど、さ。そりゃ、仇だった八将陣も倒せたし、それに何だか憑き物が落ちたみたいではあったけれど……。でもシュナイガーは壊れちゃったし、修復も儘ならない。何だか、無理やり仲間に引き入れたみたいで……」

 エルニィなりに考えてはいた。メルJがずっと纏っていた暗い空気。彼女の過去に由来するキョムへの復讐心。

 それがなくなれば、メルJは幸福なのだろうか。本当に、それでよかったのだろうか。

「……私は、ヴァネットさんが居てくれてよかったと思っています。あのままじゃ、きっと……」

「復讐で我を忘れていた? それとも、どうにもならないところにまで追い込まれていた、かもね。でも……ボクらの問題をメルJに押し付けるのは、それはそれで気が引けると言うか……」

「だったら、ヴァネットさんの歓迎会でも催しますか? 柊神社でできることはやれるつもりですし」

 その提言にエルニィは顔を明るくさせて身を起こした。

「いいね! そうしようよ! メルJもきっと、どこかで緊張しているんだと思うし、それに、パーティならちょっとのお酒も……」

「だから、お酒は駄目ですってば!」

 手を伸ばしたエルニィを、赤緒は制する。南は流れる雲間から覗く陽射しへと視線をやっていた。

「平和、ね……。でも、いつまで持つかは私たち次第、か」

 

「私はグリム協会のことを教えてもらうという条件で来たんだが」

「まぁそう言わず。今はいずれにせよ、シュナイガーは使えません。なら、日本の高津でちょっとばかし、試運転に付き合ってもらってもいいのでは?」

 友次がそう促す。――このどこか胡散臭い男にメルJは警戒を怠っていなかった。思えば自分と両兵の決闘を割って入って邪魔できるレベルには鍛錬しているのだ。

 少なくとも操主クラス。否、もっと脅威判定は高いか。

 考えあぐねていたメルJは格納庫の向こうに佇むナナツータイプを視野に入れていた。

「……どれもナナツーか」

「モリビトタイプは予算がかさみますので、基本的に汎用性の高いナナツーを採用しているんです。それに、ナナツーなら、自衛隊も導入していい、と前向きでして」

「詭弁だな。貴様からしてみれば、ナナツーを売り込めて正解、というわけか」

「それは穿ち過ぎですよ。いずれにせよ、一時とは言え代わりの機体が必要なはずです。トウジャの適性は今までの戦歴が明らかにしていますが、ナナツーの適性は見ていなかったので渡りに船ということで一つ」

「……口ごたえするのならば乗りこなせ、か。ある意味では分かりやすくていい」

 メルJは一機のナナツーへと歩み寄っていた。専属メカニックが説明し始める。

「《ナナツーウェイ》高機動改修機です。《バーゴイル》の飛行データと《シュナイガートウジャ》の得たこれまでの戦闘データを反映させていまして、まだ完成には至っていませんが……」

「銀色なのだな」

「あ、はい。塗装が間に合っていないので。黒にする予定ですが……」

「いや、いい。銀色のままのほうが、乗りこなしやすそうだ」

 制したメルJは地面を蹴ってナナツーのキャノピー型コックピットへと乗り込んでいた。血続トレースシステムの採用前の機体だ。

 前時代的な操縦系統はしかし、この機体には馴染んでいるような気もする。

『試運転が必要なのだろう? 相手役は?』

 マイクを通して問い質すと、友次はフッと笑みを浮かべた。

「やる気があって何よりですよ。こちらに」

 隔壁の向こうで待機していた疾駆の機体はまさかの――。

「トウジャ、か」

「《トウジャCX》。陸戦機ですが、データを取るのには充分でしょう」

 皮肉なものだ。自分の乗っていた人機と同タイプのものとテストさせられるとは。だが、鈍っているつもりはない。

 無論、負ける気も。

「よし。操主は? 高津重工の専属でもいるのか?」

「いいえ。高津には技術の面では助けてもらっていますが、操主選別までは任せ切るのは重荷ですので、私が」

 友次自身が《トウジャCX》の上操主に入る。メルJはいつかの雪辱を晴らせると操縦桿を握り締めた。

「……望むところだ」

『では。まずは飛行能力のテストから。トウジャで追い込みますのでヴァネットさんは追いつかれないようにしてください』

 無理難題を吹っかけるものだ。トウジャを乗りこなした自分に対して、わざと言っているのだろうか。

 如何に相手が飛べないトウジャとは言え、特性として高機動なのは熟知している。陸戦型ならば地面を踏み締めた分だけ加速する性能のはず。

 それをちょっと素早く調整されただけのナナツーで振り切れと言うのか。無茶な、と思った反面、受けてみせる、という闘争本能が刺激されたのは何故だろうか。

 以前までならばここまでの心の余裕はなかっただろう。

 グリム協会への復讐。それにJハーンへの終わりのない怨嗟。故郷への愛憎――。それらがない交ぜになっていた胸中で、アンヘルの連中とつるむのは違うとどこかで判断していた。

 自分は恩讐を追い求めるだけのただの破壊者。復讐にこの生は集約されるのだと。

 そう思っていただけに、次の瞬間、発した自分の言葉の軽快さに驚いたほどだ。

「――いいさ。来い」

 機体を沈め、一気に循環パイプに負荷をかける。直後には搭乗した《ナナツーウェイ》は加速度に入っていた。

 地面を滑るように、格納庫から広めに取られた運動場へとファントムが発揮される。

 しかし、《トウジャCX》も負けじと追いついてくる。メルJは《ナナツーウェイ》の機体各所に仕込まれた稼動システムを確かめていた。

 内臓にかかる僅かなビート。ナナツー特有の重力に縛られた重さ。機体下腹部に集中する自重に、メルJは跳躍させるイメージを伴わせせた。

「跳べるだろう? お前も!」

《ナナツーウェイ》が推進剤を焚いて滑空する。しかし、通常ならばそこまで。上昇しかできないナナツーではいずれ《トウジャCX》に追い込まれてしまう。

《トウジャCX》が地を踏み締め、足裏に仕込んだバーニアで何倍にも加速する。

 落下地点を予測されればナナツーは容易く組み付かれてしまうだろう。

 ――ゆえにこそ、手は打つ。

「リバウンドブーツ、装着!」

 可変した踵部に位置するリバウンドブーツが《ナナツーウェイ》の靴裏へと移動し、人機の重圧の位相を変位させた。

 自由落下しか能のないナナツーが急速にその動きを変え、空中で大地を踏み締めるが如く空間を蹴りつける。

《トウジャCX》が慌てて制動をかけるも、その時には既にこちらの射程に入っていた。

「追いつかれなければいいのだろう? 私は、何にも縛られるつもりはないとも」

『……それはグリム協会にも、ですか?』

 思わぬところで通話が入る。いや、誰にも邪魔されずに会話がしたければ、人機での戦闘中が望ましい、それも当然の帰結だ。

「……ああ。私は、望まれる復讐鬼であった。故郷を焼いた者たちを煉獄の炎に叩き込むまで、この刃が収まる場所なんてないと思っていた」

『意外ですね。今はそう思っていないような口振りだ』

 そうかもしれない。それはJハーンに――兄に復讐を果たしたからか。

 ――いや、違うな。

 メルJは心の矛先を自分で思い知る。ただ闇雲に戦い、その果てにある復讐と怨嗟は、醜いだけなのだと、理解させてくれた。

 そう思ってもいいのだと、分からせてくれた者たちがいる。

「……私は冷たい刃のままだったんだ。誰にも触れさせない、抜き身の刃の」

『それが変わりましたか? グリム協会はしかし、キョムへと技術提供し、あなたからしてみれば仇でしかない代物の……あの空中コロニー、シャンデリアを形作った。シャンデリア内部がああいう風になっているのは、彼らの歪んだ思想とその最果てが凝縮されたからに他なりません』

 やはり、そうか。いや、そうだとしても、自分には向かうべき明日がある。

「……前までなら、その言葉だけで熱くなっていただろうな」

 着地寸前の《ナナツーウェイ》へと《トウジャCX》が屈む。それが意味するところを理解し、メルJは丹田に力を込めた。

 着陸時にかかるGと振動。臓腑を持ち上げる人機の鳴動をメルJは操縦桿を引き、フットペダルを踏み込んで利用する。

 通信先の声と自分の声が相乗した。

「『ファントム!』」

 互いに高速へと入った二機の人機が組み付こうとするが、メルJはそれを払い除ける。

《トウジャCX》――今までの自分の咎そのものとも言える形状をした相手人機を、メルJの《ナナツーウェイ》が蹴り払っていた。

 もう、お前の復讐心は見切った、とでも言うように。

『……グリム協会のデータは提供できますよ。それに見合った代物も。しかし今のあなたが本当に欲しているのは、力ですか?』

「そうだな。力があるのならば、それに越したことはない……前までならそう言っていた。だが今の私には……帰れる場所がある! きっとそれだけで……!」

 追撃の《トウジャCX》の腕を《ナナツーウェイ》が関節を極めさせ、そのまま逆方向へと曲げさせる。

 火花が散る中でもう一方の腕が《トウジャCX》の頭部を引っ掴んだ。

「……日本の“ショーギ”とやらでは、これを王手、と呼ぶのではないか?」

 通信先より、笑みが伝わる。

『……どうやら今のあなたに、安い挑発は効かないようだ。ですが、いいのですか? 千載一遇のチャンスかもしれないのに』

「構わないさ。連中がやってくるのならば、私は。アンヘルのメンバーとして、戦い抜くまでだ」

 きっとそれが得た答えそのものなのだろう。

 友次は《トウジャCX》のコックピットより這い出て、サムズアップを寄越す。それに対してはまだ不本意だ、という証のように、メルJはサムズダウンを返すのであった。

 

「ヴァネットさん、アンヘル加入、おめでとうございます!」

 柊神社に帰るなり、赤緒たちからの歓迎にメルJは頬を引きつらせる。

「……おい、何だこれは」

「何って……、だってヴァネットさんがようやく、アンヘルに正式加入してくださったんですからっ! 私たちもその……いいムードで迎えたいな、って」

「提案したのは赤緒だよ」

 手をひらひらと振ったエルニィに赤緒が声を張る。

「もうっ! 素直じゃないんですからっ、立花さんも。お腹空いてませんか? 今日は鯛のご馳走があるんですっ!」

 メルJは嘆息をつく。どうにも、まだ馴染めそうにない。完全に警戒心を解くのには、やはりというべきか自分なりの禊が必要だ。

「……馴れ合うのは性に合わない。お前らだけで食うといい。私は後でいい」

「でもでもっ! ヴァネットさんの歓迎会ですから! チキンもあるんですよ?」

「私は後でいいと言ったんだ。赤緒、それに立花も。歓迎とやらは私は好かん」

「そ、そんなぁ……」

 肩を落とした赤緒にエルニィがぽんと手を置く。

「ほら、言ったじゃん。メルJはそういうの嫌なんだってさ」

 エルニィがこちらと視線を合わせる。少し前までならば睨み合いが始まっていたが、今はウインクが返ってきた。

「さぁ! ボクらだけでも始めちゃおう! 遅れた誰かさんが悔しがるのが目に浮かぶよね」

 にひひ、と笑ったエルニィにメルJもフッと唇を綻ばせる。

「どうかな。それは」

 軒先から跳躍し、屋根瓦へと足を乗せる。

 屋根の上ではいつものように、ヤオと両兵が向かい合って将棋を打っていた。

 両兵が、待ったをかける。

「今のナシ!」

 ヤオが頭を振ると、両兵が刀を手にしていた。

「ンだよ! ケチくせぇな、妖怪ジジィ!」

 踵を返した両兵がこちらへと気づく。メルJは反射的に視線を逸らしていた。

「下は随分な騒ぎじゃねぇの。お前の歓迎会だろ? 行ってやれよ」

「……私は、まだ本当の意味で振り切れていないんだ。知っているんだろう? 友次より、グリム協会のことをいくつか教えてもらう条件で、新型人機の開発に協力している」

 しかし、両兵は我関せずといったようにメルJと肩を並べた。

「そうか。でも、お前もお前で、それだけじゃないんだろ? だから俺に言ってる。分かりやすいぜ、柊たちとは別の方向でな」

 その言葉に覚えず口元が綻んだ。

「……不思議な奴だな、小河原。お前と一緒にいると、馬鹿でもいいような気がしてくる」

「案外、馬鹿やるのも大変だぜ? それも込みで、ちょっとずつでもいいんじゃねぇか。過去とか、そーいうのと向き合うのはよ」

 そうか。ゆっくりとした足並みでもいいのか。

 そんな簡単な代物を、気づかせてくれる。ほんの些細なことなのに、アンヘルに来てから驚くことばかりだ。

 両兵が杯を差し出す。それを受け取り、メルJは口にしていた。

「いいのか? お前だって赤緒たちには歓迎されているだろう?」

「いいさ。あいつらと向き合うのも大事かもしれねぇが、今は杯を交わせる相手と、だろ?」

 その言葉にメルJはそっと月下に杯を掲げていた。

「……悪い奴だ」

「お前もな。月に乾杯」

「月に、乾杯、か」

 下では既に宴会が催されているのか、ちょっとした騒ぎが巻き起こっている。それとは少しだけ、まだ少しだけ距離を置いた場所で、自分は見守りたい。

 その表情は自然と笑みに近いものになっていた。

ただ闇雲に戦い、その果てにある復讐と怨嗟は、醜いだけなのだと、理解させてくれた。

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