6・銀翼の系譜 後編

​著・シチミ大使

後編

 

「どうして、ロストライフ現象なんてものを起こす?」

 飛翔した《バーゴイルミラージュ》は空の色に溶けていた。鏡面のように磨き上げられた白銀の装甲はカモフラージュも可能にする。

 幾分か気分も落ち着いてきたせいか、そのような質問を上操主のメルJにしていた。彼女は不遜そうに鼻を鳴らす。

「ある存在を蘇らせるため、というのは知っている。だが、そのためにどうして殺戮が必要なのかまでは分からない」

「分からないのに、そんなもんを相手取っていたのか?」

 メルJの矢のような視線が背筋に突き刺さる。ラキは咄嗟に誤魔化していた。

「ほら、敵の規模も分からないのに、無謀じゃんか」

 一拍置いた後、彼女は応じる。

「……正直なところ、キョムには因縁があってな。借りを返すためにこうして世界を飛び回っている」

「この……人機でか?」

「こいつもそろそろ寿命だ。貧血の頻度が早まっている。《バーゴイル》系列の機体は損耗率を度外視した使い捨ての設計だからな。私に馴染む頃には破棄するしかないだろう」

「《バーゴイル》、って言うのが敵の主力なのは分かった。おれの街を破壊したのもな。でも、それと同じような機体で勝つなんて出来るのか? それに、世界を回っているって、それはキョムへの……復讐のためだけに?」

「……貴様に教えてやる義理はない。降りるぞ。《バーゴイルミラージュ》の目視戦闘における光学迷彩は有効だが、敵が熱関知に持ち込めばそこまでだ」

 つまりは、出たとこ勝負。降下機動に入った《バーゴイルミラージュ》に、ラキは操縦桿を握り締めていた。

 そこに座っているだけでいいとは言われたが、何か出来ないか、とごねた結果、もしもの時の緊急時の加速だけは任された形となった。もっとも、そのもしもが訪れる時は自分が死ぬ時だ、とまで念押しはされたが。

 地図上では、そこに広がっているのはエメラルドの海のはずであった。しかし実際の視野に入って来たのは見果てぬほどの銀盤である。

 埋め立てられた自然の結晶が、醜い武装を晒していた。

「こんなもの……いつの間に造って……」

 言葉をなくしたラキは、背後で膨れ上がった灼熱の怒気に覚えず振り返っていた。

 メルJがその銀色の瞳に殺意を滾らせる。

「……貴様らは、また同じ事を繰り返して!」

 瞬間、《バーゴイルミラージュ》が加速度を得て一気に敵基地の射程へと潜り込む。ラキは慌てて声を張り上げた。

「落ち着けって! まずは戦局分析って言っていたのは、あんたのほうじゃ……」

「黙れ! こんな規模の防衛基地……やはりグリム協会が噛んでいたか……。キョム!」

 意味不明な言葉が滑り落ちていく耳朶で、ラキは敵の照準警告がコックピットに響き渡ったのを聞いていた。

「狙われている! メルJ……!」

「銃座など……一掃する! 《バーゴイルミラージュ》、焼き払うぞ! アルベリッヒレイン!」

 袖口に仕込まれた火器と腹腔に収納されたガトリング、そして脚部に無数に位置する銃火器がそれぞれのロックを一斉に解除し、灼熱の瀑布が基地表面を薙ぎ払った。

 銃火器の雨嵐が吹き荒れ、基地は瞬く間に炎に包まれる。その様に、ラキは感嘆するように見入るしかない。

「……すげぇ。今の、一瞬で……」

 ほとんど基地機能は麻痺したも同然。しかし、基地からは即座に戦力である《バーゴイル》が射出された。

「メルJ、二機だ!」

「《バーゴイル》など! ファントム!」

 その言葉が紡がれた直後、機体が空間を飛び越え、敵人機の背後にあった。

 何が起こったのか、乗っているラキでさえも分からない。肘より伸びたブレードで《バーゴイル》を瞬時に寸断する。

 爆発の光が舞い散る中で、メルJは怒りに身を委ねていた。

 その身を衝き動かすものが何なのか、問い質す前に警告音が劈く。

「接近警告? 上だ!」

 咄嗟に振り仰ぐ余裕があったのは自分が戦闘に参加していないも同義だったからか。それとも、冷えた頭が策敵を可能にしたのか。

 いずれにせよ、この時、ラキは頭上より迫る悪魔を目にしていた。

 灰色の装甲に、巨大な外付けの翼を持つ機体である。X字の眼窩より覗く赤い眼光が、《バーゴイルミラージュ》を射竦めた。

「あの……人機は……」

 直後、激震が見舞う。

 灰色の人機がくの字に折れ曲がったブレードを振るい落とし、こちらの肩口を引き裂いた。

 すぐにメルJは追いすがろうとするが敵機の速度が遥かに勝っている。推進剤を焚いて瞬時にこちらの後方へと回り込んだ相手が腰にマウントされた武装を開放した。

 空の中で暴風が爆ぜる。

「フレアだと……!」

 照準がぶれ、全ての計器が異常値を示したのと、コンソールに「トウジャタイプ」の識別信号が成された相手が舞い上がって来たのはほぼ同時。

 ブレードが《バーゴイルミラージュ》の胸元へと斬撃を浴びせかける。衝撃と共にステータスが瞬く間に赤く染まった。

「メルJ! このままじゃ撃墜されちまう! すぐにここから離脱……」

 言いかけて、メルJが先の衝撃で落下した破片で額を切っているのを大写しになった視界が捉えていた。粒になった血液が顔にかかる。

「メル……J……」

 ――どうしてなのだろう。こんな事を考えている場合ではないはずなのに。

 敵機が大きく旋回し、とどめの一撃を見舞おうと布石を打つ。

 ――傷口はそう深くはない。だが、この瞬間の昏倒は致命的だ。恐らく自分とメルJは、あの人機に撃墜される。

 だからなのか。それなのに、だろうか。

「……それでもあんたを、綺麗だと思ったおれを、裏切りたくはない」

 誰のためでもない。ただ、ここにある譲れないものを守りたい。

 操縦桿を握り締める。フットペダルに足をかけ、腹腔より叫んだ。

「おい! 聞こえてるんだろ! 《バーゴイルミラージュ》! クソッタレ人機にやられたくなかったら! 今だけでいい! おれに力を貸せ!」

 手癖の悪さだけは、昔から恵まれていた。

一度見た技術は――応用出来る。

 敵人機がブレードを大きく振るい上げる。その一撃に賭けていたのだろう。

《バーゴイルミラージュ》が瞬間的に推進剤を噴射させ、軽業師のようにトウジャタイプの上を取った。

 雄叫びを上げながら敵人機の頭部を引っ掴む。敵がうろたえ気味にこちらの腕を掴んだ。

 腕力で振り回されかけるが、脚部バーニアの逆噴射がその回転の優位をこちらに取らせた。

 回転軸のままに任せ、《バーゴイルミラージュ》が相手を蹴り上げる。

 鋼鉄同士がぶつかり合い、互いに装甲を削った。

 もつれ合うかのように敵と、落下しながらの殴り合いに持ち込む。敵の拳がこちらの機銃を破壊したが、負けじと振るった拳がX字のバイザーを砕いた。

 露出した敵人機の眼光に射竦められかけて、ラキは吼える。

《バーゴイルミラージュ》の頭突きが敵の頭部に入った。

 大写しになった敵人機にラキは声を張る。

「墜ちろぉっ!」

 敵がブレードを振るい上げた。この距離では避けようもない。しかし不思議と恐怖はなかった。

 真正面から打ち合ってその結果ならば本望。

 そう感じた神経に声が差し込まれる。

「……よく、やってくれた」

 敵の腕を《バーゴイルミラージュ》が掴み上げる。

 メルJは息を継ぎ、そして深く呼吸した。まるで何かを決意したかのように。

「……この人機は厄介だ。ここで墜とす。だが、今のこいつではジリ貧だ。ただ、負けない戦いをする事は出来る。辛うじて、だがな」

「本当か? なら、メルJ! 早くこいつを……」

「――だが、大きなものを失う事になる」

 突きつけられた銃口に、ラキは息を呑む。メルJはただ純粋に問い質していた。

 覚悟を。自分に、価値があるのかどうかを。

 ラキは操縦席から腰を浮かせ、銃身を掴み取った。

「……いいさ。何だって、失ってやる」

 ――その瞳に報いるためならば、とまでは言うまい。今は、了承が降り立てばいい。

 メルJが上操主の操縦桿に手を通す。何かを確かめるように握り締めた後、声が放たれた。

「行くぞ。《バーゴイルミラージュ》。お前の放つ、最大の技にして、私の持つ、勝つための! 最終手段だ!」

 敵人機が《バーゴイルミラージュ》を蹴りつけ距離を取る。しかし、《バーゴイルミラージュ》は動かなかった。今は、敵へと闇雲に襲い掛かる事さえも愚策。

 ブレードを掲げ、敵人機が迫る。

 ――何でもない、ただ信じるという事。それのみを……。

「メルJ!」

「ああ! 《バーゴイルミラージュ》! ファントム!」

 機体を仰け反らせ、循環パイプへと過負荷がかかる。そのままの勢いでトウジャタイプへと突き抜けた機体が黄昏の光を帯びた。

 それは質量による純粋なる突進ではない。

 輝きの欠片が辺り一面を満たし、《バーゴイルミラージュ》へと翼を与える。もっと高く、飛べる真なる翼、紡がれるその名前は――。

「唸れ! 銀翼の!」

 直感的か、あるいはどこかから聞こえてきた声が教えてくれたのか、ラキもその名前を発していた。

「「アンシーリー、コート!」」

 黄昏のエネルギーフィールドが敵人機の腹腔を貫く。《バーゴイルミラージュ》の白銀の翼が砕け散った。

 空に融ける眩き翼、銀翼の瞬き。

「ああ、おれにも……」

 価値があった。そう確信する前に、意識は閉じていた。

 

 ハッと目を覚ます。

 意識と同期して伸ばした手が空を掴んでいた。

 その手の中に小さな紙切れが残されている。達筆で書かれたメモには、自分の事、そして人機の事は話さないほうがいい、という内容と共に何度も書き直された名前があった。

「メシェイル……。それが、本当の名前だったのか……」

 行こう、とラキは立ち上がった。黒煙の空に覆われた街。それでも、まだ立ち上がれる。その価値はあるはずだから。

 自分の価値は、そんな容易く決められるものではない。

 そう教えてくれたあの瞳のために、歩き出す事にした。

 ゆっくりとした歩み、しかし、この足が赴く先はきっと、未来が支えてくれているはずだ。

 

 別れを告げるなど、女々しい真似はよそうと思っていた。

 それでも、彼が歩き出すまで見守った自分は、やはりとんだ甘ったれなのかもしれない。

 まだ非情に成り切れていないのだ。あの封じたはずの名前を、まだ誰かに名乗る気があったなんて。

「メシェイル・イ・ハーン……。呪縛のようなこの名前を……一時でも、希望に変えてくれた。ならば、私も進もう」

 歩み始める。どこへかは分からない。だが、まずは翼が要る。

 この暗い天蓋を砕く、白銀の翼が。

 その赴く先は、彼が示してくれた。

「あの基地で会敵した人機……それに極秘ファイルにはこう記されていた。開発途上の最新型飛行人機があると。その名前は――《シュナイガートウジャ》」

 懐からサングラスを取り出し、静かにかけ直した。

 最早、許しは乞うつもりはない。

「私はメルJ・ヴァネット。この翼で闇を引き裂いてやる」

 ――銀翼の系譜は刻まれる。

自分の価値は、そんな容易く決められるものではない。

銀翼の系譜は刻まれる。

© 2018,2019 綱島志朗 公式サイト 合同会社TAK