4/1 レイカルの大きな嘘

​著・シチミ大使

「レイカル。ねぇ、知ってる?」

「あっ! お前、そのパターンはまた私に大嘘を吹き込む奴だな! もう騙されないぞ!」

 構えたレイカルがデザインナイフで威嚇する。それをラクレスは余裕ありげな笑みを浮かべて頭を振るのだった。

「いやねぇ、レイカルってば。でも……教えてあげるのは惜しいですわぁ、作木様。今日が何の日なのか」

 もったいぶって手を振ったラクレスに、カップ麺をすすっていた作木はカレンダーへと視線をやっていた。

「あ、そうか。なるほど。今日はエイプリルフールなんだ」

 いつの間にか4月の1日である。エルゴナとの争いも、どこか遠い出来事にさえ思えてくるのは、ここ数日の気候の穏やかさのお陰だろうか。

 レイカルは案の定、目をぱちくりとさせた。

「えいぷりる……何だそれは! 変な言葉を使うんじゃないぞ!」

「レイカルってば、お馬鹿さぁん……。何も知らないのねぇ……。じゃあ、作木様は私と秘密を共有していることになるのですね。感慨深いですわぁ……」

「えっと……秘密を共有って言うか……」

「えっ! 嘘ですよね、創主様! こんな奴と秘密を勝手に共有なんて、ずるいです!」

「いや、それも嘘っちゃ嘘なんだけれど、今日はいいって言うか……」

 まごついていると、レイカルは泣き出してしまった。子供のようにレイカルはラクレスを指差して大泣きする。

「何なんだぁー! ラクレスの奴、ずるい、ずるいぃ! 私も創主様と秘密を共有したいのにぃ!」

「いやー、あの、レイカル? 秘密とか言うのは嘘なんだ。でも、今日は嘘をついてもいいんだ」

「意味が分かりません! ラクレスだから許しているんですかぁ!」

「違くて……。えっと……」

 そこでラクレスはぱんと手を叩く。ようやく種を明かす気になったらしい。

「相変わらずお馬鹿さぁん……。今日はね、嘘をついてもいい日なのよぉ」

 その言葉にレイカルがきょとんとする。恐らく意味が分かっていないに違いない。

「……嘘をついていい日? そんなのあるわけ――」

「いや、あるんだ、レイカル。僕も言うのが遅くなっちゃったけれど、4月1日はエイプリルフール。嘘をついてもいいんだ」

 作木の言葉に嘘はないと判断したのか、レイカルが涙を拭って持ち直す。

「……本当に、そんな奇妙な日が?」

「ええ。人間って言うのは不思議なものでね。嘘をついてもいいなんて、わざわざそんな都合のいい日をカレンダーに記すのよ。なかなかに愉快よねぇ」

 ラクレスの言葉にまだ警戒心が解けないらしい。作木はなるべく穏便にフォローする。

「たとえば……害にならない嘘なら何でもいいんじゃないかな。今のラクレスの嘘だって、害じゃないだろ?」

「……でも、嘘つきは何とやらの始まりって、ヒヒイロに教わりました! 私の流儀としても、嘘なんてつきたくはありませんっ!」

 強く言い放つレイカルは真性の正直者なのだろう。だからこそ、このような行事に易く流されて欲しくないのもあるのだが。

「泥棒の始まり、ね。でも、何でもない嘘ならいいと思うよ。今日は晴れているけれど、雨が降っているなぁ、とか」

「作木様。そんな面白げのない嘘、言ったところで参考になりませんわ。どうせなら、レイカル。あなたも一端の嘘をついてみなさい。私を驚かせられる嘘をね」

「ラクレスを驚かせる……。よぉーし! 創主様、ちょっと出かけてきます!」

 一目散に飛び出してしまったレイカルを止める間もなく、彼女の背中は既に遠くにあった。

 後頭部を掻いて作木はラクレスへと目線を流す。

「……レイカルがまた、妙なことを仕出かさないといいけれど」

「エイプリルフールは教えるべきではなかったでしょうか?」

「……かもね。正直な話。だって、レイカルに嘘は似合わないし、それにラクレスだって意地悪をあまりしてやらないで欲しいんだ。できれば、レイカルと仲良くして欲しいって言うか、その……」

「……作木様はこういう時でも本心を言ってくださるのですね。そうですねぇ……レイカルがまともな嘘を一つでもつければ、今日くらいは真面目に取り合ってやってもいいかもしれません」

「それは、その……」

 困惑した作木へと、ラクレスは自身の唇に指を立てさせる。

「さぁ? 嘘か真か、どちらでしょう?」

 いつだって、ラクレスはこうした余裕を見せ付ける。創主である自分も、なかなかに難しい立場にいるな、と再認識するのだった。

 

「と、いうわけで、なんだ! ラクレスをびっくりさせる嘘をついてくれ!」

 頼み込んだ案件のあまりの馬鹿馬鹿しさに、ヒヒイロは頭を抱えていた。

「その……何じゃ、お主はわざわざそのために、作木殿のところから飛び出してきて?」

「それで私たちに嘘をつけって言う……。頭大丈夫?」

 同席していたカリクムも呆れ顔である。創主である小夜はしかし、うぅんと思案していた。

「どうしたの? 小夜」

 ナナ子が尋ねると、小夜は真面目ぶった面持ちを僅かに赤らめる。

「いや、その……。今日って嘘をついてもいいのよね? だったら、もし! もしよ! 告白メールとか送ったら……」

「あー、なるほど。あんたも初心ねぇ」

 肘で小突いたナナ子に小夜は、うっさい、と抗弁を漏らす。レイカルが疑問符を浮かべた。

「何だ、割佐美雷。お前も嘘をつきたいのか?」

「役名で呼ぶなっての! ……私は……乙女の悩みだし」

「小夜ってば、今日告白したら、なぁーんて、エイプリルフールでしたー、とか言うドッキリを作木君に仕掛けたいのよねー。乙女なんだから」

 照れ笑いを浮かべた小夜にレイカルは心底理解できない様子であった。

「……意味が分からない。好きって言って、嘘ですって言うのか? どっちなんだ、お前」

「だーかーら! 乙女の駆け引きなのよ。オ・ト・メの」

 ぷくく、と含み笑いをするナナ子に小夜が組み付いてプロレス技をかけた。

「あんたは相手がいていいかもしれないけれどね、こっちはまだ必死なのよ! どうアプローチしたら一番効くかって毎回考えているんだから!」

「ちょっ……ギブ、ギブ……。小夜、あんた撮影で強くなり過ぎ……。それじゃ乙女以前に、ゴリラ認定よ」

「ご、ゴリラ……」

 小夜が蒼白になって項垂れる。それをレイカルは何ともなしに宥めていた。

「よく分からんが、お前はゴリラじゃないだろ。言ってもチンパンジーくらいの強さだって」

「全然慰めじゃないー!」

 泣き出してしまった小夜にレイカルは大仰に驚く。

「うおっ……。なぁ、カリクム。お前の創主ってやっぱり変だな」

「……他人の創主を勝手に変人呼ばわりしないでよ。まぁ、変なんだけれど」

「あんたが認めちゃ駄目でしょうが!」

 デコピンを見舞った小夜にカリクムが目尻に涙を浮かべて抗議する。

「痛っつ――! 何すんだ! お前らサイズのデコピンをオリハルコンにするなんて!」

「うっさいわね! だったらもうちょっとまともなおべっかでも考えなさいよ!」

「こいつと違って、わざわざ嘘をつきたい、なんて願ってくるほどの馬鹿じゃないんだよ! あーあ! やだやだ! 小夜も器量が狭いのな!」

「……痛がらせてやろうか?」

「待ぁーって! 待てって! 小夜のは本当に洒落にならないから! マジに!」

「黙らっしゃい! カリクム、お仕置きの時間よ!」

 暴れ始めた小夜とカリクムに、ナナ子がやれやれと肩をすくめる。

「まぁまぁ。お主らも修行中の身。少しは鍛錬に集中せい……と言っても無駄じゃな。今日は修行にもならん。真次郎殿。何か、妙案がありましょうか?」

「うぅーん……。嘘をつきたい、ってのはなかなかに難しい命題だな。それも、あのノイシュバーンの魔女のラクレスを、びっくりさせるほどの嘘って言うのは……」

「ちなみにレイカルよ。どのような嘘をつきたいのじゃ?」

「でっかい嘘だ! でっかいの!」

 やはり考えなしか、とヒヒイロは頭痛を覚える一方であった。

「大きい嘘はしかし、その分反動も大きいぞ? 例えば、じゃ。お主が今日より作木殿から離れなければならんと、当の本人から言われれば如何にする?」

「私が……創主様と、離れ離れに……?」

 思い浮かべたのか、レイカルは涙ぐんで地団駄を踏んだ。

「嫌だぁー! 超寂しいぃー!」

「……ま、そういうことじゃ。嘘も方便という言葉もあるが、基本的にはついてはならん。エイプリルフールの嘘も、あまり助長が過ぎれば毒となる。よく覚えておくとよい」

「……でも、ラクレスに嘘をつかれたままじゃ、悔しいんだ。それに、あっと言わせてやりたい! ヒヒイロ、どうすればいい?」

「そうじゃのう……。要はラクレスをあっと言わせればよいのじゃろう?」

「そうそう! あいつの滅茶苦茶驚く顔が見たい! 私の嘘で、あっと言わせてやりたいんだ!」

「難しい要求じゃのう……。嘘はいかんと言っておるのに、聞く耳も持たんし……」

「だったら、嘘はつかないでいいんじゃないか?」

 削里の言葉にヒヒイロが視線を向ける。

「どういう意味ですか?」

「だから、嘘を本当にしちゃえば、嘘つきじゃなくなるだろ? ヒヒイロの教えも守られるし。まぁ、ちょっとばかし、ここにいる全員の力を使わなければいけないけれど」

 削里はフッと微笑む。その真意が分からぬまま、小夜とカリクム、それにレイカルは呆然としていた。

 

「エイプリルフールか。僕も嘘の一つはついたほうがいいのかな」

「作木様には嘘は似合いません。なにせ、どのような土壇場も、今まで真実に変えてきたのですもの。あなた様は真実のみを追い求めるお方」

「それは、レイカルも、だろ?」

 問い返すとラクレスはむすっとした。

「……私が嘘を教えたのが、そんなにお気に召しませんでしたか?」

「ちょっとね。だってレイカルには、間違っても嘘なんてついて欲しくないからさ」

「親心……いえ、創主として当然、ですわよね。私が大人気なかったのかもしれません」

「そう思ってくれるだけでもいいよ。レイカルには謝れる?」

「……それが創主の望みでしたら」

 不承ながらにラクレスはレイカルに謝罪してくれるだろう。しかし、嘘を徹底的に排することだけがオリハルコンの道ではないのだと分かっている。エイプリルフールだって、嘘を楽しむための日だ。何も伊達や酔狂だけで成り立っている行事ではない。

 ――みんなが楽しくなれる、嘘がつければいいのに。

 だがそのようなもの、簡単に思いついてくれるわけもなし。万人のための嘘など、この世には存在しないのかもしれない。

 悲しいな、と思ったその時であった。

「創主様! それにラクレス! 見せたいものがございます!」

 自信満々に戻ってきたレイカルに、ラクレスは目線を逸らした。

「……何かしら。つまらないレイカルでも、嘘が思いついたとでも?」

「ああ、その通りだ!」

 思わぬ返答に作木も困惑してしまう。ラクレスは妖しい笑みを浮かべて、レイカルを仰いだ。

「あらぁ……。だったら聞かせてみてくれるのかしら? あなたのとっておきの嘘を」

「ああ! ラクレス、今日は大きな虹が見えるぞ! それも、どでかい、とんでもない虹だ! 見たことのない色をしている! 七色どころじゃない、その十倍! 七十色!」

「はぁ?」

 ラクレスが吐き気を催したような顔でレイカルを見据える。作木も、さすがにそれは、とレイカルを宥めようとした。

「……レイカル。嘘もその……あまりスケールが大き過ぎると……」

「これは本当です! 創主様も外をご覧ください!」

「外って……」

 窓を開け放つと、視界に飛び込んできたのは極彩色の――。

「虹?」

 否、今まで見てきたどのような虹とも違う。

 数多の色を湛えた万華鏡のような虹が確かに、空にかかっていた。街一つを跨いだ虹に、人々がこぞって写真を撮影する。子供たちが空を仰いで喜ぶ声が耳に届いた。

「見て! すっごい虹!」

 ラクレスも毒気が抜かれたようにその虹を見据えている。作木にはその虹を構築するものが何なのか理解できた。

「ハウルで、虹を……?」

(そうよ。想像力の具現なら、って削里さんに諭されてね。だったら、誰も見たことのない、綺麗な虹を空にかけようってレイカルが)

 不意に聞こえてきたハウル通話は小夜のものだ。作木は、そうか、と安堵する。

「よかった」

(よかった? どういう意味?)

「いえ、これでレイカルも、満足だよね? だってラクレス、こんなにも驚いているし」

 ハッと意識の手綱を握り直したラクレスはそっぽを向いていた。しかし、作木は確かに目にしていた。

 ――彼女の瞳から一粒の涙がこぼれ落ちていたのを。

 記憶を共有した作木は何となく、彼女の涙の理由が分かる。きっと、かつての創主も同じようなことをしたのだろう。

 ――想像の産物でしかない、空にかかる無限の虹――。

 そんなもの、一度見れば絶対に忘れない。忘れるものか。

「……レイカルにしては、よくやったのかもしれませんね」

「そうだろ! 創主様、やりました! でっかい嘘をついてやりましたよ!」

「うん! でも、本当にしちゃったけれど?」

 ハッとレイカルも硬直する。ラクレスを驚かせる大きな嘘は、しかしこの時、間違いなく真実として、夕映え空を染めていた。

「でも、レイカルは嘘をつかないほうが素直で好きだよ。あっ、これはエイプリルフールじゃなくって……」

 その言葉にレイカルは頬を染める。

「分かっています! 創主様はいつだって、本当のことを仰いますからっ!」

「そうだね。それにラクレスも。僕は好きだよ。いや、二人だけじゃないかな。オリハルコンという存在が、僕は……」

 そこから先はあえて言わなかった。言うも野暮というものだろう。

 ここに居てくれる、大好きな二人のオリハルコンに、嘘は必要なさそうだ。

 

 ――4月2日。

「えっと……ざ、ざんねーん! エイプリルフールでしたぁー……。って、メールを打つだけでもう零時過ぎてるし! これじゃ、ただの告白メールじゃない! どうするの、ナナ子!」

 ポテトチップスを頬張るナナ子が面倒そうに応じる。

「えーっ、いいじゃない。本音だって言えば」

「言えたら苦労しないでしょー! 慌てて削除……、えーっ! でもでもっ! せっかくの気の利いた嘘が台無しにーっ!」

 やれやれ、とナナ子は嘆息をつく。

「嘘もほどほどに、ね?」

数多の色を湛えた万華鏡のような虹が確かに、空にかかっていた。街一つを跨いだ虹に、人々がこぞって写真を撮影する

​著・シチミ大使

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