21彼女の戦い

​著・シチミ大使

「ねぇねぇ。赤緒、今日の晩御飯はどうするの?」

 珍しく買い物に付き添ってきたエルニィへと赤緒は思案していた。

「そうですね……。魚の煮つけなんてどうでしょうか?」

「おっ、いいね。ボク、日本食は好きだよ。さつきと赤緒が作ってくれるんなら特にね」

 自分で作る気のないのがこのエルニィという少女なのだが、彼女には人機関連は任せっ放しのため、変にこちらの事情に加わって来いとも言えない。

 それよりも、と赤緒は商店街を練り歩くエルニィへと言葉を投げていた。

「立花さん、嫌いな食べ物とかあるんですか? そういうのが分かれば控えられますけれど」

「いんや。特にないや。だって、あれでしょ? 日本人はご飯に神様が住んでいるとか、そういう信仰でしょ?」

 間違ってはいないのだが、エルニィの日本への認識はどこかずれている。柊神社のことも半分も理解しているのか不明のまま。

「……まぁ、食べ残しは許さない風潮はありますけれど。嫌いなものがないのなら、お魚を買わないと」

 歩み出し始めた赤緒へと一人の少女がぶつかってきた。少女は手にアイスクリームを握っており、それが地面に落ちている。

 気づくなりぶわっと泣き出してしまった。赤緒はあたふたと慌ててしまう。

「えっと……その……」

「あー、ごめんね? このお姉ちゃん、ぼうっとしているからさ。そうだ! お詫びにアイスキャンディーを買い直してあげるよ! いいよね? 赤緒」

 目配せしたエルニィに赤緒はまごつきながら首肯する。

 エルニィは少女と手を繋ぎ、様々な質問をぶつける。

「名前は? ――うんうん! だよねー! アイスっていい文化だとボクも思うよ。へぇ、この辺に住んでいるんだ? 人機って知ってる? そうそう。あのロボット。ボクは何を隠そう、そのエンジニアだからね! え? えんじにあって分からない? 研究者、ってこと! 偉いんだよ」

 少女の顔が晴れやかになる。エルニィの一挙手一投足に羨望の眼差しが注がれていた。

 アイスキャンディーを買い付けたエルニィはちゃっかりと自分の分も買い、少女と談笑する。

 数分後に母親が迎えに着たのか、少女が大きく手を振って駆けていった。

「バイバイ! えんじにあのお姉ちゃん!」

「うん! また会おうね!」

 にこやかな笑みを浮かべるエルニィに赤緒は呆然としていた。

 その面持ちをエルニィが怪訝そうに見やる。

「どうしたの? 赤緒。アホ面してるよ?」

「……いえっ……えっと……慣れていらっしゃるんですね。子供との会話とか」

「ああ、普段そうは見えない? ま、そうかもねー。南米にいた時、色々あったから、さ」

 そういえば、エルニィが人機の研究者として確固たる地位を築くまでの話を全く聞いていなかった。

 自分からしてみればいつの間にか柊神社に居ついた同居人である。

「……南米で子供たちと触れ合う機会が?」

「ま、触れ合うって言うか、ちょっとしたごたごた。多分、想像しているよりもややこしいけれど、聞く?」

 振り返ったエルニィに自然と頷いていた。

 

 人機開発の現場は思ったよりもごった返している。それは資源採掘からしても命がけ、という現状が直結しているのだろう。

 無理もない。

――テーブルマウンテン。その中枢に眠る血塊を確保するのに、こちらは人機一個小隊が必要。その上、放った兵士が返ってくる保証もない。

 ピリついているのは当然とも言えた。

「アンヘルではまだ二世紀も前の血塊炉を使っているって言うし……資源問題くらいは何とかしたいなぁ……」

 こぼしたエルニィは嘆息をつく。戦いに赴くのにも不充分なら、自分の提唱する新型人機構想――トウジャタイプの新型機に繋げるのも難しいだろう。

 やはり既存のナナツーやモリビトに代わる機体というのは現場の負担も背負わなければならない。

 だだっ広い研究施設のグラウンドを踏みしめたのは骨張った試作型のトウジャである。

 骨格は問題ない。しかしながら、そこからどう発展させるのか、に関してはまだまだ再考の余地があるだろう。

 試作トウジャニ機が向かい合い、そのまま模擬戦へとなだれ込む。

 頭部コックピットを半分露出した形の試作トウジャは、互いの機体反応速度を確かめるように格闘戦へと入った。

 鋼鉄の腕がぶつかり合い、火花を僅かに散らす。

「試運転なんだから、壊さないでよー」

 無線に言い置いて、エルニィは歩み出していた。このままでは建造に大きな遅れが生じる。

 無論、それを解消するのが人機開発者である自分の役目なのだが、今のところうまくいくビジョンがまるで見えない。

 軍部の開発した《トウジャCX》を叩き台にした機体のフレーム構築では駄目だ、というのは早々に出た結論であった。

 あれは陸戦機。あのままでは、これから先の戦い――《モリビト一号機》を凌駕する性能には至らないだろう。

 カラカスに核が落ちてから世界は一変した。

 世界中で観測される「ロストライフ現象」はそれまでの小競り合いの競争を激化させ、冷戦の只中にあった国家間の緊張状態を加速。最早、ソ連も米国もただならぬ気配が漂っている。

 そう、既に国家の謀は次の段階へとシフトしているのだ。

 核兵器の開発よりも、人機の開発競争に財をかけている。それが民間には出回らず、民草はただ脅威に震えるばかり。

「……何だかなぁ。人機一つでできることなんてない、って言われているみたいだ」

 いずれにせよ、この世界はもう転がり始めた石。ならば静観を決め込むよりも、動ける人間が動くしかない。そうだと断じるしか、この均衡の崩れた世の中で生きていくのには標がなさ過ぎる。

 未来も道標もない世界にどう希望を描けというのか。

 そういう点で言えばエルニィは諦観とまではいかないものの、依然として大きな一打へと繋がらない世界に飽き飽きしていた。

 自国に核が落ちれば、さしもの米国も変革の只中にあるかと思われたが、実際にはアンヘルへと回す資金不足と、そして上層部の腹の探り合いの激化。

「せめて、南と青葉が近くに居ればなぁ……。南は眠り姫の青葉に付きっ切りだし、それに優秀な血続は全部軍の監視下にある。これじゃ、トウジャタイプの進化なんて……」

 濁した語尾にエルニィはふと兵士たちに取り押さえられている少女を目にしていた。

 離して! と少女が叫ぶ。

「ここは軍の敷地だぞ!」

「そんなの、関係がない! あんなものを造っているなんて……許せない……!」

 眼差しに浮かんだ憎悪にエルニィは得体の知れないものを感じて歩み寄っていた。

「ちょっとちょっと。暴力はご法度だよ」

「ですが、博士……。この子供が研究施設に入ろうと……」

「軍の極秘施設なんだけれどなぁ。君は何?」

「……私は……あんなものを造った奴に用がある」

「それはボクだ。ボクが人機の開発責任者。だから文句はボクが聞く」

 思わぬ返答であったのだろう。呆然とした少女は次の瞬間、鋭敏な殺意を宿らせていた。

「だったら……死んじゃえ!」

 腰だめに構えたナイフと共に少女が駆けてくる。エルニィは身をかわし、少女の渾身の一撃を目にしていた。

 兵士が少女を羽交い絞めにする。

「何をするか! このガキ、要人殺害を企てて……」

 噛み付きかねない少女の相貌にエルニィは、待ったをかけていた。

「ちょっと話がしたい。ボクに用があるんでしょ?」

「博士? しかしこいつ……」

「子供だからって馬鹿にするのは、ボクは嫌いだな」

 その言葉で兵士が少女の拘束を解く。しかしながらナイフは奪い取っていた。

「……あんただって子供じゃないか」

 確かに傍から見ればまだ子供。しかし、軍の権限は移譲されて久しい身分だ。

「でもボクは人機の開発に携わっている。この国の地盤を支える人間だ。だから、何があったのか、聞く義務くらいはあると思うけれど?」

 少女は周囲を見渡す。兵士たちがいつでも撃ち殺せるように銃を構えていた。この状況で襲いかかるのは得策ではないと感じたのだろう。

 何よりも、まさか人機の開発者が自分のような子供だとは、思いも寄らなかったに違いない。

 毒気を抜かれたように、少女は尋ねていた。

「……本当にあの巨人の?」

「うん。ボクがここでは一番偉い」

「……言いたいことがある」

「いいよ。ちょっと離れた場所で話そうか。ここじゃ、物々しい」

 少女からしてみても、不都合に違いない。エルニィは歩みながら後ろの少女へと目線を配る。

 ボロボロの服装に、煤けた頬。傷だらけの手に、巻いた包帯。恐らくはそれほど裕福ではないのは窺える。

 しかし、この南米においては珍しくない。カラカスの一件で帰る場所をなくした難民は数多く、また今も内紛状態にあるこの国では戦災孤児が生まれ続けている。

 目つきだけがいやに鋭く、エルニィはただの考えなしではないのを感じ取った。

「……で? 人機開発者を殺すつもりだった?」

 少女は無言で頷く。エルニィは後頭部を掻いた。

「……参ったなぁ。立場上、簡単に殺されるわけにもいかないし、それに人機の開発をやめるわけにもいかないから、君の要望には応じられないよ」

「……何であんな兵器を。あれのせいで、仲間が大勢死んだ」

「君はレジスタンス? それとも義勇軍か何か? いずれにしたってこの国じゃ変に対抗すると死が近くなる。まだ小さいんだから、あんまり命を粗末にするもんでもないよ」

 ひらひらと手を振ったエルニィに少女は怒りを滾らせる。

「……そっちだって、子供だ」

「かもね。でも、人機開発は平和への近道だと考えている。いたずらに被害を拡大させるために戦っているわけじゃない」

 それは敵との明確な差だ。破壊のためだけに人機を進化させているわけではない。

 少女は拳を握り締めて、搾り出すように口にしていた。包帯に血が滲む。

「でも……だからって許せない。あんなのがなければ、みんな、失わずに済んだのに……。お母さんも、お父さんも……兄弟だって……。何であんなものを造るんだ! 何で……これ以上私たちから、奪う真似を……」

 項垂れた少女の頬から涙が伝い落ちる。

 自分たちアンヘルも、敵もともすれば彼女からしてみれば変わらないのかもしれない。奪うだけの、ただ残酷な代物。ただの破壊者。簒奪者――。

「……誤解しないで欲しいのは、ボクはこれ以上、敵に好き勝手させるつもりもない。カラカスでの一件だって相手に清算させるつもりだ。いずれ……ちょっとばかし待たせるかもしれないけれど、それでも取り戻す。奪われたものを全て、敵からね」

 だからこそ歩み続ける。だからこそ、戦いをやめる気はない。

 それが伝わったのかどうかは分からない。ただ、少女は抗弁を発しようとして、腹の虫に邪魔をされた。

 赤面した少女にエルニィは微笑みかける。

「とりあえず、何か食べる?」

「……アイスキャンディー」

「いいよ。奢ってあげる」

 肩をすくめたエルニィは兵士にアイスキャンディー二つ分を指示する。すぐさま用意されたそれに少女は瞠目していた。

「……本当に偉いんだ」

「言ったじゃん。おっ、これイチゴ味」

 アイスキャンディーを舐めていると少女が肩を震わす。涙が止め処なく溢れているようであった。

「……あの巨人の開発者を殺して、自分も死ぬつもりだったのに。こんな惨めに生き永らえるなんて……」

「死ぬなんて、簡単に言っちゃ駄目だよ。どれだけ偉くたって、死んじゃったらそこまでなんだ。それに、自分勝手に死んじゃったら、絶対に悔いが残ると思う。誰かに託すことができれば、それが一番なんだろうけれどね」

「……冷徹なあんたなんかに、分かるわけ……!」

「――分かる、なんて軽々しくは言えないけれど、でも、ボクも、ね。託されちゃったから。じーちゃんと両兵と、青葉……。だったら、諦めちゃいけないのはハッキリしている。ボクが歩みを止めたら、きっとみんなへの侮辱になってしまう。それだけは、駄目だからさ」

 託され残された側には責任が付き纏う。どのような形であれ、未来を切り拓くのが残された者のできる唯一の抵抗だ。

「……でも、残されるのは残酷だ」

「かもね。でも残酷だからって、生きることが嫌になったら、もっとよくないと思う。自分なりに、この残酷な世界で、生きてみようよ」

 ロストライフ現象でこれまでよりももっと、人は死ぬかもしれない。あるいは絶望するかもしれない。

 それでも、前を向き続けるのなら、その先にはきっと、明日が待っているはずなのだから。

「……でも、何もできない」

「そうだなぁ……。だったら、ここで働いてみない? もちろん、君だけじゃない。ボクはみぃーんな、幸せにしてあげる! そのつもりで人機を造っているんだ!」

 ウインクしたエルニィに少女は呆気に取られる。

「殺そうとしたのに?」

「そんなの、一回や二回殺されかけてビビッてるんじゃ、人機開発者の名が泣く! 恨まれたっていいって、思っているから、ボクはここにいるんだからさ!」

 少女は涙を拭い、手を伸ばす。その手をエルニィは取って微笑んでいた。

「大丈夫! ボクらはきっと、もっといい未来を描けるはずさ!」

 

「それからかな。戦災孤児を引き取って、作業を手伝ってもらうようになったのは。南米じゃ、よくあることだったから」

 柊神社の石段に座り、話を聞き終えた赤緒はその壮絶なる過去に絶句する。

 恨まれても、殺されそうになってもエルニィは前を向いていた。今もその姿勢は同じであろう。

「……立花さんは、怖くなかったんですか? だって、恨みの矛先が自分に向くなんて……」

 考えただけでも赤緒は震えてしまう。エルニィは立ち上がっていた。ついた土を払い、ぱんぱんと手を叩く。

「そりゃ、怖いよ? 殺されるのは嫌だもん。でも、さ。見て見ぬ振りをして目を背けるのは、もっと嫌なんだ。だから、ボクはブロッケンに乗っている。責任があるからね」

 人機を開発する責任。いや、功罪と言うべきか。エルニィの戦いはこれから先もずっと続くのだろう。

 キョムとの争いが終わらない限り、エルニィは果てのない怨嗟を直視することになる。それでも、彼女は決してそこから目を背けない。

 それこそが、彼女の戦い――。

「立花さん。私も、この戦いの果てまで、一緒に行きたいと思います。それで、立花さんが満足してくださるかは分かりませんが……」

「満足? いいよ、そんなの。ボクは、さ。おいしいご飯が食べられるだけで、満足なんだから!」

「もうっ……! 立花さんってば」

 神社の境内を駆け抜けていったエルニィの背中を赤緒は追いかける。

 ――今は一つでも、誇れる未来があれば、それでいい。

 それが独りじゃないのならば、なおさらだ。

 歩き続けることだけが自分たちの未来への、果てない道標――きっとそのはずだろう。

だからこそ歩み続ける。だからこそ、戦いをやめる気はない。

 それが伝わったのかどうかは分からない。

​NEXT to be continued

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