好敵手(とも)の誓いを

​著・シチミ大使

「ねぇ、ユーリ。持て余してるなー、とか思ってる?」

 問いかけられてユーリは眼鏡のブリッジを上げた。芳しいコーヒーの香りが漂ってくる。故郷ほどではないが、日本のコーヒー文化も悪くはない。

 薄暗闇の喫茶店では相棒であるオリハルコン――セラミアの姿を見咎める者もいない。マスターは静かにマグカップを拭いている。いい店だな、と口元を綻ばせた。

 その頬をセラミアが思いっきりつねる。

「聞け!」

「痛ったぁー! やめろって! オリハルコンの力でつねられちゃ敵わないんだから!」

「だったら! そんな燻ったみたいな眼してないで、やるべき事をするんでしょ!」

 真っ直ぐな眼差しを向けてくるセラミアは青い髪を払った。この勝気な相棒は前だけを見ている。前しか見ていない、とも言えるが。

「……あのさ、前回のトーナメントでオリオンはほとんど組織の自浄作用のない場所だって分かっちゃったんだ。それで俺は海外派遣の諜報員なものだから上司からの直轄がないと動けない。皮肉にも特別捜査権限が今は足を引っ張っている」

「だからって、ベイルハルコンがいるかもしれない危険度で言えば、日本だって変わらないでしょ? 捜査すれば――」

「捜査したって、誰もそれを保障してくれないんだ。なら今は休んだほうがいい」

 ずず、っとコーヒーを啜る。その言葉にセラミアがふんと鼻を鳴らした。

 オリハルコン――人間の拳大ほどしかない彼女らには自意識がある。だから考えている事も、ほとんど人間のそれと変わらない。変わる事があるとすれば、それは価値観だろう。

 人間社会の枠組みで彼女らは生きていない。

 太古の昔……悠久の時を越えて再現された万物の想念。想像力こそが力の源となる人とモノを繋ぐ架け橋。そのような彼女らに協力してもらわなければならない事情が人間側にも存在する。

 ベイルハルコン――悪の側面へと堕ちたオリハルコンを監視し、捕縛する役目。それがオリオンの特別調査官である自分の役割であり、相棒であるセラミアとの戦いであった。

 だが、つい一ヶ月前のオリオン主催のトーナメントでそれは張りぼて同然だと理解させられた。自分も駒の一つ。ならば、どこでどう時間を潰そうが勝手、という極論に彼女は満足いかないらしい。

「時間は、待ってくれないよ!」

「セラミア。俺たちの捜査権限なんて限られている。如何に海外での特別なライセンスがあると言っても、上が上なんじゃ……」

「しょうがないって飲み込み。早過ぎてユーリのそういうところ、キライだねっ」

「……そう言ってくれるなよ」

 額に手をやって考えを巡らせる。このままオリオンの捜査権限が戻るのを待つか、それとも、と言った分水嶺で何もここで悠長にお茶、というわけでもないのだ。

 カラン、と扉が開かれる。

「いらっしゃい」

 マスターが招いた客人にセラミアは目を見開いた。

「えっ? 何でここに?」

「あーっ! お前、セラミア!」

 互いに飛び出して仰天している。それをユーリと、入ってきた客人の彼は微笑ましく目にしていた。

「久方振りかな、作木君」

「ええ、オリオントーナメントの後、こっちもごたごたしていて……」

「大学生だったっけ? ……ちょっと羨ましいな。日本の大学はサブカルチャーにも造詣が深いと聞いたよ」

 その言葉に、ははと作木は苦笑いする。

「僕のいる学科はちょっとそういうところじゃないみたいで……」

 どこか弱腰に見える彼はしかし、その実、最も熱いものを持った男である事をユーリは知っている。

 その証明が銀髪のオリハルコン――レイカルであった。

「あ、似合ってないメガネ」

「……セラミアはきっちり覚えているのに俺はそんななのか」

 苦笑しつつユーリは対面の席を顎でしゃくった。作木は静かに座り、コーヒーを注文する。

「……あの店主さん。見えているんですよね?」

「日本人の気質はいい。秘密主義なところもある。俺も小さい頃よく見たよ。喫茶店って言うのはヒーローが集まる場所なんだって?」

「いや、その認識はどうかな……」

「謙遜するなって。君も充分にヒーローだ」

 言いやったユーリは作木の表情がどこか優れないのを注視していた。

「……得心がいかない様子だね」

「オリオントーナメントは隠れ蓑でした。本当の目的のための」

「そう、そういう連中がいる、という事実は知っておいてもらいたい。だが、俺が君を呼び出した理由は他にあってね」

 目線を振り向けるとセラミアの人型アーマーハウル、チェインとレイカルのアーマーハウルが会釈している。

 そういえば戦い以外ではこの二体は初対面であったか、と作木とユーリは笑みを交し合った。

「言ってなかったね。セラミアのアーマーハウル、チェイン。人型なのには……まぁ意味があるんだがここでは置いておこう」

「あっ、レイカルのアーマーハウル、ナイトイーグルです。えっと……」

「見れば分かるよ。君が作ったんだね。いいアーマーハウルだ」

 ユーリの評に作木はどこか所在なさげに謙遜する。

「いえ、それほどのものじゃ……」

「かつてベイルハルコン、ラクレスを退け、日本を守ったんだ。そこまで謙遜すると、逆に嫌味っぽいよ」

「そう、ですかね……。でもラクレスはもう……!」

「ああ、捕まえはしないさ。経緯はどうあれ、彼女はもうオリハルコンだ。だが罪は帳消しにはならない。監視は続行する……というのが表向きの名目」

 種の割れたマジシャンのようにユーリは肩を竦める。

 セラミアが糾弾するかのように指差した。

「何にもしないんだもん! ユーリってば!」

「そうなのか? お前の創主、弱そうだもんな」

 二人分の総評にユーリはいやはや、と参ってしまう。

「実際、まぁ今は手持ち無沙汰でね。ちょっと自信喪失、かな」

「そんな! でもオリオンの汚職を暴くって言う……」

「そこまでは俺の管轄じゃないんだよ。歯がゆいけれどね。で、今日合流したのは、お願いがあっての事なんだ」

「お願い、ですか……」

 ユーリは作木の瞳を見据え、言い放つ。

「もう一度、セラミアと戦ってみないか?」

 硬直する作木にセラミアが呆れた様子で手を払う。

「まどろっこしい言い方をするなぁ……。素直に言えばいいのに。自分が暇だから、相手して欲しいって」

「まぁ、そういう事」

「でも、レイカルと僕で……いいんですか?」

「いいも何も適任だよ。ハイオリハルコン。知らないわけじゃないからね」

 そう、作木とレイカルは奇跡を引き起こした。

 オリハルコンの到達点。一説には全てのオリハルコンの頂点に立つと言われている超常存在――。

ハイオリハルコン、ヴァルキリーレイカル。

あれを観測した以上、もう一度手合わせをというのは何も間違いではない。

「……でも、あれはみんなのお陰で……」

「無論、それは分かっている。分かっていて、の頼み事さ。君も見たいんじゃないのか? 今の自分とレイカルなら、セラミア相手にどこまで立ち回れるのかって」

「もちろん! 私は負ける気はしないけれどねっ!」

 自信満々に言ってのけるセラミアに、レイカルは振り返っていた。

「創主様! 私ももう一度……セラミアと戦いたい……!」

 その瞳に負けたのか、あるいはもうある程度は決めていたのか、彼は頷いていた。

「……ああ。僕もレイカルとどこまで高みに上がれるのか……見てみたい」

「決まりだね。マスター。屋上を借りるよ」

「ええ、どうぞ」

 人のよさそうな笑みを浮かべたマスターに作木は驚愕する。

「……どこまでが仕込みなんですか?」

「言ったろ? 喫茶店はヒーローの溜まり場だって」

 あのマスターも自分とは別ベクトルのヒーローだ。

 開放された屋上は風が吹き荒れている。まだ開幕前だというのに、レイカルもセラミアも闘志を抑えられていないらしい。

 高みを競い合える相手との対峙は、心踊るものだ。それがどのような形であっても。

「ルールはシンプル。ダウンしたほうの負け。降参もあり。もちろんだけれど、ハウルを使い切ってちび化した相手には手を出さない。そこまではオーケーでいいかな?」

「……いいも何もかなり譲歩してもらった条件ですよ。本当にそれで?」

「御託は抜きにしようよ。君だって昂っているはずだ。セラミア、前ほど簡単にはいかない。最初から全力で立ち向かわせてもらおう!」

 セラミアが戦闘姿勢に入る。それを直視したレイカルが作木へと声を飛ばした。

「創主様! あいつ……前より強い。だからこちらも許可を。ナイトイーグルとのアーマーハウルを全開で行きます!」

「……ああ。レイカル!」

 作木の手からナイトイーグルが放たれ、その構造物質が変位した。鳥型の銀翼が分散し、レイカルへと纏いつく。鎧へと変じたその手には槍が所持される。

 レイカルが得物を振り回し、槍の穂を突き上げた。

「全力で行こう!」

「それが創主の望みなら! オリハルコンは全力で応えるまでっ!」

「やる気満々だなー。セラミア!」

「分かってる。気は抜かないよっ! チェイン! アーマーハウル!」

 人型のアーマーハウルを背中越しに受け、二つのシルエットが融合する。背中合わせに合体したその姿はセラミアの真の戦闘形態だ。皮肉な事にこちらも銀を基調としたデザインとなっている。

 青髪を払い、セラミアはその手に引き金と一体になったハンドガン型のナックルを構えた。

 レイカルが身を沈める。

 セラミアもフッと笑みを浮かべた。

「……ハウルの風向きが変わったら、スタートだ」

 屋上を流れる風が、一瞬だけ位相を変える。その瞬間、二つの影は互いに向けて飛び込んでいた。

 レイカルは槍を突き上げまずはセラミアの武装を潰すべく超接近戦を挑む。

「考えたね! 前に私が放出系って言ったの、覚えていたんだ!」

「前回までの私じゃ……ない!」

「そうだ! レイカル! 僕らだって強くはなった!」

 ――意識しているのだろうか。それとも全くの無意識なのだろうか。

 作木の前髪が跳ね上がり、その細身の身体から充填されるハウルは可視化出来る範囲だけでも倍増している。

「……これが、件の無限ハウル……。いや、まだその片鱗か。セラミア! 分かっていると思うけれど!」

「言われるまでもないっ! その無限ハウルっての、撃たせなきゃいいんだよね!」

 セラミアのナックルがレイカルの顎を捉えかける。それをレイカルは紙一重で回避し、後退際、槍を跳ね上げてセラミアの首を狙った。

「……戦い慣れ……。いい傾向だ!」

 セラミアが蹴り払いを見舞い、レイカルの姿勢を崩そうとする。その時、レイカルの白銀の鎧が光を拡散させた。

 翼を顕現させ、飛翔する刹那にハウルを相手に散弾としてぶつける手際……。

「……へぇ、小手先もうまくなったじゃん! レイカル!」

「そっちこそ……。まだ喋る余裕があるなんて!」

 レイカルが槍を大きく引く。この構えは、とセラミアは咄嗟に判断したらしい。

 飛翔し、距離を稼ごうとする。そのような瑣末な作戦などお構いなしとでも言うように、レイカルと作木、二人を繋ぐハウルは膨れ上がり、鋭敏に、眩く輝く。

「百人、一閃――!」

 爆発的なハウルの増大現象。散弾のようにハウルの波がセラミアの躯体を響かせる。

 しかし、何の手も打たないほどこちらも愚策ではない。

「セラミア。相手が撃ってくる前に」

「分かってるっ! 速射型ハウルプレッシャーで!」

 小脇へと背面のアーマーハウルより武装が伸長し、手にしたナックルトリガーを接合させた。

 連動していくハウルの血脈が葉巻型の銃身より銃撃を発射する。

 レイカルはそれを受けても退く様子はない。それどころか、装甲に亀裂を走らせてでも、ただ一撃にのみ、全てを賭ける――。

 その心持ちが理解出来たからだろう、セラミアが早々に声を飛ばしていた。

「ユーリ! こんなんじゃダメだ。埒が明かない」

「……分かったよ。参ったな。放出系だって言ったのは君だろ?」

「別に隠し立てする事じゃないじゃん」

 にしし、と笑うセラミアにユーリも自然と頬を綻ばせた。

「だったら! 放出型ハウルの真骨頂を見せるまでだ! アーマーハウル、チェインが何故人型なのか、それを今、明かそう!」

 眼鏡のブリッジを上げたユーリはありったけのハウルを注ぎ込むイメージを走らせる。しかしそれは本体であるセラミアに、ではない。

「……アーマーハウルの側に……ハウルを?」

 うろたえた作木にユーリは言い放つ。

「意外かい? だが人の形をしたものにこそ、ハウルは宿りそしてオリハルコンとなる! その理が分かっているのならば何の不思議もないはずだ! セラミア、フルアーマーハウル形態へと移行!」

「了解! チェイン、フルアーマー、ハウルッ!」

 背中合わせに合体していた鎧がセラミアの側へと引き出されていく。まずは主砲が肩口へと装備され、そして次々と鎧が継ぎ足される。最後にシャッター状の兜が下り、セラミアの眼光が鋭く十字の内奥で赤く瞬いた。

「これが! フルアーマーハウルだ!」

 全身を覆うハウルの武装化。それこそがセラミアの真骨頂でもある。

「そして放出系と前置いたのはこれもある。セラミアは全身からハウルを発しているも同義。絶対の防御を誇るハウルの鎧と全身武装。砕けるか! 作木光明とオリハルコンレイカル!」

 その問いかけにレイカルはフッと笑みを浮かべていた。それは創主である作木も同じである。

「……創主様。ここまでやり甲斐があると」

「ああ。ガラにもなく僕もだ。レイカル。――絶対に砕く!」

「それが創主の望みなら! 刻むぞ、セラミア! ハウルスラッシャー……」

 振るい落とした槍の一撃だけでも驚異的。一条の流星の輝きとなってその手から離れた途端、白銀のハウルが棚引いた。

「シュート!」

 これこそがレイカルの必殺技。「百人一閃ハウルスラッシャーシュート」。元々は彼女の師であるヒヒイロの技が原型だと聞くが、最早これは彼女固有の必殺技となっている。

 なればこそ……。

「全力で応えるのみだ! セラミア、フルハウル……」

「エクストリーム、プレッシャー!」

 言葉を継いだセラミアが莫大な青いハウルの光軸を刻み込む。二つのハウルの爆風は一点に凝縮し、やがて相克する光を周囲に拡散した。

 暫しの静寂が訪れる。

 セラミアがフルアーマーハウルを解除した。

「……お疲れ」

 アーマーハウルの強制解除。それはとある意味を有している。

「この勝負……」

 煙る景色の向こう側で作木が立ち竦む。その眼前に佇むはずのレイカルは――ハウルを急速に失ったからか、二頭身の姿になっていた。

 作木が膝を折る。

「創主様!」

 レイカルが慌てて駆け寄った。作木は荒い呼吸をつきながら勝負の行方を口にする。

「……負けましたか」

「うぅー、悔しいー!」

 レイカルが泣き喚く。それをセラミアが宥めた。

「いや、いい勝負だったと思う。フルアーマーハウルを使わせたのは君で二人目だ。そうそう相手に見せていい代物じゃないからね」

 ウインクするセラミアに泣きじゃくったレイカルが笑顔を返した。

「創主様! 私、もっと強くなりたいです!」

「ああ、レイカル……。また手合わせを願っても……」

 ユーリはサムズアップを寄越した。

「もちろんだとも! 君らのようないいコンビがいるって事、俺たちも励みにしている」

「よかった……! レイカル、頑張ったね」

「創主様! 早くまた戦えるようになりましょう!」

 レイカルと作木が嬉し泣きを湛えながら交わす言葉に、ユーリは静かに呟いていた。

「……羨ましいな。彼らの眩しさが」

「ユーリ? 私達は、確かに自由な立場とは言い難いけれど、でも……」

 不安げな相棒にユーリは笑みを返す。

「ああ! 俺とセラミアだって誇りあるオリハルコンと、その創主だ!」

 たとえ、近い未来、敵対するとしても。それでも今は好敵手として、互いの強さを胸に刻もう。

「立場は違えど、オリハルコンと創主。その絆は永遠だ」

屋上を流れる風が、一瞬だけ位相を変える。その瞬間、二つの影は互いに向けて飛び込んでいた。

​著・シチミ大使

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