​レイカル バレンタイン 乙女の戦場

​著・シチミ大使

「乙女の戦場の季節がやってきたわよ、小夜」

 スイーツバイキングで不意にそう切り込んできたナナ子に、小夜は訝しげな眼差しを注いだ後、額に触れた。

「……何?」

「いや、熱でもあるのかなー、って」

「小夜! 悔しくないの? あんた、華の女ざかりに、色恋の一つの噂も立たないってのは!」

 バンと机を叩いたのと同期して、山盛りのスイーツが揺れる。どうにも、言っていることとやっていることがちぐはぐな気がしてならない。

「……でも、あんた、私とこうしてスイーツバイキングに来てるじゃない。同類でしょ?」

「同類じゃないわ! 私はぁ……伽クンがいるものッ!」

 出たよ、とその名前に小夜は辟易する。かつて煮え湯を呑まされた相手と、どうしてだかナナ子は妙な経緯があって付き合っている。

 それも想定できなければ、ナナ子と伽のバカップルぶりを見せ付けられるのも御免であった。

「……私だって、作木君がいるし……」

「その作木君だって、小夜を選ぶ義理はないのよ? だって決定的なことは何もしてないじゃない」

 もぐもぐとパンケーキを頬張りつつ、ナナ子は言いやる。

 どんぐりのような頭なのに正論なのが余計に腹立たしい。

「……むっ。でも作木君は私の王子様だし!」

 ドンと机を叩く。それに負けじとナナ子も机を叩いていた。

「王子様にいつまでも憧れてるんじゃ、いつの時代のプリンセスよ、って話よ! いい? 小夜。今の恋愛事情はクレイジーに湾曲化しているのよ! この昨今、告白もしてなければ、ちょっといいなーって思う相手はもう、ドボンよ! いつの間にーか、小夜の知らない相手が作木君に近づいていて、それで掻っ攫っちゃうかもなのよ? そうじゃなくってもあんた、芸能活動とやらにやけにお忙しそうじゃない」

 もぐもぐとナナ子がスイーツをかけ込む。すると喉に詰まらせたのか、瞬く間に顔を青くさせた。

 慌てて水を飲ませると、ぜぇっ、と息をつく。

「どうなの!」

「どうって……。ちょっとギャラが多めに入ったからって、それで人のお金でスイーツバイキングを多いに楽しんでいる、あんたには言われたくないわ……」

「小夜! 恋は戦争! これは乙女の常識なのよ?」

「はいはい。口の周り拭きなさいって。チョコまみれよ」

 拭いてやるとナナ子は不服そうに応じていた。

「とぎくんはぁ……ふにゃけてないから、にゃっこいい……しぃ」

「きっちり発音しなさい。はい、拭けた」

「伽クンは! ふざけてないからカッコイイし!」

 まともに聞いたのが馬鹿だった。額を押さえているとナナ子は急に神妙な口調になる。

「でも小夜ー。あんた、本当に大丈夫? これ、別にルームメイトだからとかそういうの関係なしにさぁー。カリクムとばっかり意気投合しちゃって、現実の男っ気からは疎かになっているじゃない? 低級オリハルコン狩りだって、別に義務じゃないでしょ?」

「私はそう思っているけれど、高杉先生にいいように踊らされているのよ。特に作木君。真面目過ぎるってのも考えものよねー」

「真面目だから、小夜なんて眼中にないかもよ?」

 思わぬ反撃に小夜はむかっと言い返す。

「あんただって! 伽みたいな鳥頭と付き合うなんて思わなかったわよ!」

「えーっ、何で分からないの? 鳥頭も、ス・テ・キ、じゃない!」

「ないわよ。シュミ悪い」

 メルヘンな面持ちになっているナナ子へと冷笑を浴びせる。すると相手は舌鋒鋭く言い返してきた。

「じゃあ、いいのよね? 作木君にもし! チョコをあげるお姫様が現れても!」

「なぁーんでそういう話になるの! 王子様なんだから、私に振り向くに決まってるでしょ!」

「お姫様がイマドキ、待っているだけなんてあり得ないわよ! 行動! アクション! そうじゃないと恋なんて始まりもしないのっ!」

「あーんただって、人のこと言えないでしょうが!」

 散々な罵り合いは、店員が諌めてきたことで不完全燃焼ながら鎮火するほかなかった。

「お客様……他のお客様のご迷惑になりますので……」

 

 しかし、と小夜は冷静になって考えてみる。

 ここ最近のダウンオリハルコン事件に端を発し、作木とは毎晩のように顔を合わせているもののおざなりになっている感は否めない。

 もしかすると、このままトキメキも消えてしまうのでは――、と脳裏を掠めた予感に小夜は青ざめた。

「……ナナ子の言っていること、あながち間違いでもないのかも……」

 巻いたスイーツバイキングのレシートと睨めっこしている小夜へと、カリクムが言いやる。

「なぁ、小夜ー。今日のダウンオリハルコン退治はどうするんだ? また私が先行して小夜がバイクでだと、メンテイ食らっちゃうとか、何とか言ってなかったか?」

「今考えごとを……そういえばカリクム。レイカルとはよく会っているのよね?」

「ヒヒイロのところで修行しろって言ったの、小夜だろ? そりゃ、毎日だよ」

 ツインキャンサーとタオルの引っ張り合いをしているカリクムへと、小夜は言葉を投げていた。

「……作木君の趣味って分かるのかな?」

「知らなーい。キャンサー、このタオルは私んだってば!」

「ネコみたいなことしてるんじゃないっての! ……ああ、そういえばキャンサーってオスだっけ」

「うん? 今さらだろ?」

「……男の子の意見って必要よね……。キャンサー、あんた、男代表として、やっぱり特別な日に特別なプレゼントって欲しい?」

 すると、キャンサーの眼が輝いた。身振り手振りをカリクムが通訳する。

「“そうだね、個人的な意見を言わせてもらうのならそういうところに無頓着な女子ってどうかなとは思うよね。やっぱり気配りできないといつの間にか減点しちゃって言うか幻滅するって言うか恋愛対象からは外れる傾向にあるかな。そういうのは気にしないタイプほど存外痛い減点ポイントになるって言うか。そもそも特別な日っていう限定条件からしてやっぱり気にしていないのかなとは思うかな。作木君の意見はどうとは言えないけれど個人的にはやっぱり疎かにすると後々で響いてくるって言うか”……キャンサー、さっきからスゴイ早口だぞ?」

 不思議そうなカリクムに比して小夜は不安が倍増していた。アーマーハウルでも恋をするのだ。それなのに、自分と来たら、戦いにうつつを抜かして恋は二の次に三の次になってしまっている。

 これではマズイ。女として、マズ過ぎる。

「よっし! キャンサー! カリクム! 協力してちょうだい!」

 立ち上がって拳を握り締めた小夜に、二人してびくつく。

「うおっ! 何だ? やけにテンション上がってるなぁ……。そういう女ってどうかと思うぞ?」

「恋に生きるのが乙女! 作木君の今欲しいもの! リサーチするわよ! ついて来なさい、カリクム! 一蓮托生でしょ」

「……えぇー。何であの創主の欲しいものなんて……。小夜ぉー、やめようよ。絶対にロクなことにならないからさ」

「ロクなことにならないかは試してから考える! まずはヒヒイロに意識調査よ! あんたたちの中じゃ、段違いに人生経験違いそうだし!」

 これは一軒目から期待できるかもしれない。そう胸を膨らませた小夜の思惑はしかし、狭い部屋で将棋を打っている削里とヒヒイロの呆れたような視線に封殺された。

「……小夜殿。もう少しマトモなことで来訪したかと思えば、そんなことですか」

「私にとっては一大事! ヒヒイロ、ハウルでこう、ちょちょいとならないの? 作木君の理想の何かを得られるスゴイの!」

「そうは言われても……。そも、“ばれんたいん”なるイベントとは縁遠いゆえ。真次郎殿、欲しいものはありますか?」

「俺は今、ヒヒイロの盤面を覆す一発逆転の策かな」

「なるほど。それを潰すのが、私の役目ですね、っと。王手です」

「……参りました」

 創主とオリハルコンの関係でも千差万別だ。小夜は削里へと返答を急かしていた。

「男の人から見て、こういうのに必死だと呆れますか」

「えーっ、別に俺は気にしないけれど。まぁ個人的な話を言わせてもらうのなら、減点対象にはなるかな。超個人的な意見を言わせてもらうのならそういうところに無頓着な女子ってどうかなとは思うよね。やっぱり気配りできないといつの間にか減点しちゃって言うか幻滅するって言うか恋愛対象からは外れる傾向にあるかな。そういうのは気にしないタイプほど存外痛い減点ポイントになるって言うか。そもそも特別な日っていう限定条件からしてやっぱり気にしていないのかなとは思うかな。作木君の意見はどうとは言えないけれど個人的にはやっぱり疎かにすると後々で響いてくるって言うか」

「いや、削里さん……。誰もキャンサーと同じこと言えとは言ってませんけれど……」

 それとも男子とは皆こうなのであろうか。思案する小夜へとヒヒイロが助け舟を出す。

「ラクレスに聞いてみては? あ奴はこういう物事には敏感なはずです」

「そうよね! ラクレス! ……そういえばアイツっていつもどこにいるんだか――」

「ここだけれど?」

 首裏から聞こえてきた声に小夜は仰天して後ずさる。ラクレスが艶やかに微笑んでいた。

「人間ってつまんないことにこだわるのねぇ……。作木様が何を好きかなんて、そんなの一目瞭然なのに」

「何ッ……! ……ラクレスさーん、教えてくれると嬉しいかな……」

 猫なで声にラクレスはサディスティックな眼差しで応じる。

「もっと奴隷が啼くような声で懇願なさい」

「だ、だーれがドレイになんて――」

「あら? 案外乙女のプライドとやらも邪魔なものよねぇ……。こういう時、かなぐり捨てることもできないなんて」

「ら、ラクレスさーん……。お教えいただけると、その……ドレイのような鳴き声を……」

「小夜、そこまで色々捨てることある?」

 カリクムの疑問視に小夜は涙を振り絞って声にしていた。

「だって分からないんだもん! 作木君の好きなものって、よくよく考えたら咄嗟に思いつかないし!」

「いや、泣くなよ、みっともない……」

 肩を落としたカリクムにラクレスが調子をよくする。

「もぉーっとお啼きなさい! 主人にこびへつらうように啼けば啼くほど、ご褒美が欲しくなるはずよぉ……」

「ラクレス……。お主、やはり性根は悪いのう……。小夜殿、もういっそのこと一番近い奴に聞くのはどうでしょうか?」

 ラクレスにこびへつらおうとする小夜を寸前のところで押し留めたヒヒイロの言葉に、カリクムが言いやる。

「っていうか最初っからこいつに聞けばいいじゃんか」

 指差されたのはレイカルであるが、小夜からしてみればそれは一番期待していない人物である。

「いや、だってレイカルは……駄目じゃん」

「だ、駄目って何だ! お前……名前なんだっけ……」

「ホラ! やっぱり駄目じゃん!」

 ヒヒイロがレイカルへと言葉を放る。

「創主の好きなものを教えて欲しいという願いじゃ。レイカル、ラクレスのような意地悪はせずに教えてくれるな?」

「創主様が好きなもの……? あー、それならついて来い! 創主様はきっと、あの場所にいるはずだからな!」

 自信満々のレイカルに小夜は引っ張られるようについて行っていた。

「……うん? あの場所?」

 

「おや、君。今日も来たのかい」

「ええ、まぁ。……いつものお願いできますか?」

 作木のその言葉にパン屋の主人は人懐っこい笑みを浮かべた。

「今どき偉いねぇ……苦学生なんて泣けてくるよ」

 手渡されたのはパンの耳を大量に入れた袋である。それを作木はありがたそうに抱えていた。

「いつもすいません……。ちょっと切り詰めないといけなくって……」

 主人は作木の肩を叩く。

「いいってことよ。人助けだと思えばな」

 歩み去っていく作木の背中を小夜は盗み見ていた。

「な? いつものところにいただろ?」

「……いや、作木君の生活困窮の様子を見せ付けられても……」

 どうすればいいのか、袋小路に入ってしまう。

 その時、不意にレイカルが声を張り上げた。

「創主様! えっと……こいつ! こいつが来てます!」

「あっ、バカ! 何言ってるの!」

 押さえつけた時にはもう遅い。こちらに気づいた作木が駆け寄る。

「すいません! 小夜さん。レイカルたちと遊んでくれていたんですか?」

「……そういうんじゃないんだけれど……。たまたま一緒になって……」

「嘘つけ。創主様、こいつ……」

「黙らっしゃい! あんたってば!」

 その様子に作木は小首を傾げたが、やがて懐から赤いラッピングが施されたものを差し出した。

「小夜さん、今夜あたり渡そうかと思っていたんですよ。……僕なんかじゃ示しつかないかもしれないですけれど」

 照れ笑いする作木に小夜は呆然とする。

「えっ……これ、は……」

「チョコです。バレンタインも近いので。……いつも守ってもらってばかりだから、今回ばっかりは自分から攻めようかな……なんて」

 はぐらかすように微笑んだ作木に小夜は目を潤ませる。ばっと出た涙に作木は困惑を浮かべた。

「えっ……? 小夜さん? やっぱり駄目ですよね……。ちょっと奮発して高めのチョコ買ったんですけれど、苦学生のチョコなんて……」

 ううん、と小夜は頭を振る。

「一生大切にします……!」

「い、一生? いや、すぐに食べてくださいよ!」

 

「あれ? 小夜。なんか赤いラッピングの代物が随分と豪勢に飾ってあるけれど、何なの?」

 部屋の一角を占領する逸品にいぶかしむナナ子へと小夜は快活に笑った。

「何でもない! やっぱり、作木君って私の王子様だったってこと!」

 疑問符を挟んだナナ子を眺め、カリクムはキャンサーへと言葉を放る。

「……人間って複雑だなぁ。キャンサーもそう思うだろ? ……いや、また早口になってるし。何なんだよ、お前ら……」

もしかすると、このままトキメキも消えてしまうのでは、と脳裏を掠めた予感に小夜は青ざめた。

​著・シチミ大使

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