「あー、そうじゃねぇ。もっと寄せるんだよ。ナナツーなんて姿勢制御楽なほうだろうが」  両兵の言葉に迷彩仕様の《ナナツーウェイ》がよろめき、またしても倒れる。前のめりに倒れたお陰で派手にすっ転げる事態は防げたが、それでも何回目だ、と呆れ返っていた。  とはいえ、極東の島国で人機のノウハウは存在しない。  だからこその自分と、そして――。 「よーし、いい感じ。そのまま歩くことだけに集中してー」  拡声器を手にした勝世が《ナナツーウェイ》を誘導するも、やはりと言うべきか、その機体が横滑りし、転倒してしまう。  額に手をやった勝世に、両兵は声を投げていた。 「そっちもか」 「ああ。……まぁ、分かっていたことなんだが、いざってなると……」  キャノピー型コックピットから這い出た自衛隊員が声を漏らす。 「こ、こんなの、無茶苦茶じゃないか!」  その無茶苦茶を自分たちは誰に教わるともなくやっていたわけなのだが。  二人は顔を見合わせ、ため息をついていた。 「……何でこんなことになっちまったんだが」 「両。あんた暇でしょ?」  南の声に両兵は箸を止める。 「どこが暇に見えるんだよ。オレは忙しい」 「……神社に飯をたかりに来ている人間がよく言えるわよ……。それで相談なんだけれど」 「勝手に話進めんな。オレはやんねぇぞ。おい、柊。おかわりくれ」 「はい。……あの、南さん。もし小河原さんが駄目なら、私が請け負いますけれど……」 「いーの、いーの。赤緒さんは頑張っているんだから。こういう暇を持て余している奴に頼むのがちょーどいい案件だから」  手を払った南に両兵は不遜そうに声にする。 「誰が暇を持て余した、だ。こちとら、忙しい身だって言ってんだろが」  茶碗を手に取った赤緒が白米をついでいる間に南は言葉を継ぐ。 「自衛隊で本格的に人機を運用するって話が出始めてね。もちろん、正式採用するかどうかはお上の一存なんだけれど、それでも、この島国で、人機を動かすってなると、最低でも三年……いいえ、キョムとのゲームも解消されていないし、それに相手の出方次第でどれだけでも私たちの時間は変動するわ。長く見積もって、余裕は半年あるかないかでしょう」 「その、時間のねぇところをどうにかすんのがてめぇの仕事だろ」 「ま、そうなんだけれどさ。私は私で容易く動けないのよ。世界各地のロストライフ現象で呼ばれることもあるし。専門家として、ね」 「専門家ねぇ。偉い身分になったもんだ」 「放っておきなさいよ。……で、自衛隊で正式採用するかどうかはともかくとして、さすがに訓練くらいはやっておかないと、いざ敵が来た時に何もできないじゃ話にならないでしょ? だから、人機に慣らしておく必要があるってわけ」 「まさか、アンヘルの人機を回せって言ってんじゃねぇだろうな?」 「そこはうまく止めておいたわ。足りないからって今のアンヘルから流せる戦力はないって突っぱねてね」 「上も大変なこった」  ずずっと両兵は汁物をすする。南は正直なところ、と口火を切った。 「回せる人材に限りがあるのよ。いつキョムが本気で攻めてくるか分からない以上、赤緒さんたちをここから離すわけにもいかないし」 「んで、オレを派遣したいって腹か。だがよ、オレが行ったところでできることは少ないだろうが」 「あんた、教えるくらいはできるでしょ。人機の操縦方法は血続トレースシステムじゃない、マニュアルなら」 「まぁ、それなりには……って、まさか」  視線を振り向けた両兵に南はウインクする。 「自衛隊の人たちも一刻も早く赤緒さんたちに報いたいって思っている。だから、その補助くらいは、ね」 「ジョーダンじゃねぇ。初心者の乗り回しに付き合わされるなんざ……」 「でも、あんた以外に適任者はいないでしょ。他の子たちは血続トレースシステムで動かしているわけだから」 「……直感で動かしている分、本当の人機操縦を知らないってことか」 「そういうことよ」 「ンなこと言い出せば、黄坂、てめぇでもいいし、何なら自慢の娘でもいいだろうが。なんだってオレが……」 「悔しいけれどね、血続専用になった人機にまだ現役で乗っているのはあんただけだし、それにあんたならうまく教えられるでしょ。格納庫を造ってあげたんだし」 「オレが造ったわけじゃねぇ。人機の力を借りただけだ」 「それも含めて、なのよ。あんたならできるって」  南の希望的観測に両兵はうんざりしながら、しかし、と答えを保留していた。  自分と同じく、ただの人間でありながら人機を動かして役に立ちたい、その思いだけは買おうと思ったからだ。 「……だが、人機操縦にはセンスがいる。なかったら、オレは突っぱねるぞ」 「ま、ない場合は仕方ないでしょ。諦めは肝心だからね」  南に肩を叩かれる。どうやらやるというのは決まったらしい。 「……しっかし、今さらただの人間の身分で人機を、ねぇ……。こいつぁ、骨が折れそうだ」  自衛隊駐屯地で稼働させられる《ナナツーウェイ》数機はそれぞれの駆動系自体は最新鋭のものを使われている。  アンヘルで実際に使用されている《モリビト2号》や、《シュナイガートウジャ》、《ブロッケントウジャ》と中身は同じ。違うとすれば、《ナナツーウェイ》の汎用性を引き出させ、機体ごとのばらつきを抑えた点であろうか。  自衛隊員たちはこの国では相当に鍛えている身分のはずだ。それでも彼らは呼吸を荒立たせ、三十分に一度の休憩は欠かせないようであった。  遠巻きにそれを眺めつつ、両兵は言葉を振る。 「……素人に人機動かせってのは、どうにも難しいもんだな。てめぇも口八丁で黄坂に騙されたクチか、勝世」  問いかけに勝世は、いやと首を横に振る。 「俺の場合は完全にとばっちり……って言うか、俺のボスは黄坂の姉さんじゃなくって友次のオッサンだからな。お前と同じで何だかんだで分かっているだろ、って回されたんだよ。……しっかし、全員下手くそだなぁ、おい」  まだ《ナナツーウェイ》を歩かせることすら困難な者たちに両兵は嘆息をつく。 「……オレらだって最初から動かせたわけじゃねぇ。血続でもねぇから短期で人機に馴染むのには無理がある、か……。それでも与えられた期間は半年もねぇってのは辛いところだな。この国の兵士ってのは、無理を承知で実行せにゃならんってのも」 「まぁな。俺も俺で思うところはあるさ」 「てめぇは、元々軍部の直轄だったか?」  最初の苦々しい邂逅を思い返す。南米にて、自分と青葉の操縦する《モリビト2号》の前に立ちはだかった敵としての勝世を。  操縦センス、そして卓越した技術共にただの操主の域は超えている。ともすればブレードさばきだけならば自分に匹敵するかもしれない。  こうして普段はのらりくらりとしているが、彼もまた人機に取り込まれかねない危険性を熟知した上で、トウジャに乗っていたはずなのだ。 「ま、それも昔の話さ。南米じゃ、人機は向こう十年の戦場を左右するって言われていたからな。俺たち軍人は言われれば乗らなきゃいけなかったし、乗れない奴らはドロップアウトしていったから、必然的に淘汰されて来たってだけの話だよ」 「……下操主、広世って言ったか? あいつは、今でも青葉のところに……」  こうして、その名を紡ぐこと自体に重みがある。彼女の道を左右したのは自分自身なのだ。だから、思い返す度に、胸の奥が痛む。 「だろうな。あいつはてこでも動かないだろうさ。青葉ちゃんも……広世も元気なのかどうかは、俺らには推し量ることもできないな。こんなに離れていたんじゃ」  日本から南米までの距離の話だけではない。このどこか平和ボケした日本に比べれば、南米は常に内紛状態。キョムの人機が跳梁跋扈する地獄絵図のはず。そんな場所に、二人を置いて大丈夫なのか、という不安はついて回る。 「……オレたちは、こんなところで、自衛官相手に教習なんてしていていいのかねぇ。本当なら南米まで戻って、戦ったほうが――」 「そっから先は、言わないほうがいいぜ。俺もお前も、同じなのさ。南米に大切なものを置き去りにして、この場所で生きるって決めたんだろ? だったら、今を精一杯ってのが、報いることなんじゃねぇのか?」 「……今を、精一杯、か」  タイマーが鳴り、両兵は拡声器を持ち上げていた。 「休憩終了! とっとと人機に乗る準備に入れー」 「歩くことすら一苦労なんて、昔の自分たちを思い出させるな」  両兵はかつての自分を顧みる。  人機の操縦を少しばかりは網羅した頃、舞い上がっていた自分。そうだ、人機は分かりやすい力の象徴である分、「勘違い」をしやすい。  自分の力が人機の力と等価なのだと、どこかで信じ込んでしまう。  それこそが人機に取り込まれる第一段階と言っても過言ではないだろう。 「……オレの場合は親父がいたが、あいつらにはそういうのもいないんだよな」 「感傷か? お前でもブルーになるんだな」  誰かに諭されなければ、諌めてくれる師がいなければ、人機の力は暴走しやすい。自分たちは彼らにとってそれに値するのだろうか、と心配になってしまう。  勝世は、でもまぁ、と声にしていた。 「大丈夫なんじゃねぇの? だってよ、俺とお前がそうであるみたいに、きっとよくあろうとすれば人機の力は応えてくれるはずさ。そういうのもたまに思ったりするんだよ。どうして、俺は広世と乗っていた時、暴走の兆しもなかったのかって思い返すと、やっぱそれは多分、預けられる背中ってのがあったからだって思うんだ。下操主、上操主ってのはそれがある。そりゃ、本当は人機の暴走を防ぐための建前だってのは知ってるけれどよ。多分、それ以上に肝心なことが、複座の人機には宿っているんじゃないかってのは、関われば関わるほどに感じるんだよ」 「てめぇもお喋りだな。男となんて話したくもねぇんじゃないのかよ」 「そりゃ、もちろん! アンヘルメンバーの女の子たちを口説きたいのはやまやまだぜ、チクショウ! 何でお前が……俺のほうが百倍いい男のはずだってのに……」  藁人形を取り出しかけた勝世を慌てて両兵は制する。 「待て待てって! 呪うな、呪うな! ……ったく、ンなに羨ましいなら変わって欲しいところだってのに」 「……前にも言ったがな、お前じゃないとあの子たちは、笑えないんだよ。だから、肝に銘じておけよ。どうして、あの子たちが、お前を信じてくれるのかってのはよ」 「どうして、信じてくれるのか……か」  掌に視線を落とす。そんなもの、未だに分からない。何が自分にあるのか、どんな価値があるのかなど。  視界の隅で、《ナナツーウェイ》がまたしても姿勢を制御できずによろめく。下操主、上操主の息が合っていないとそもそも立ち上がることさえもできない。 「やり直し。とっとと立ち上がれー」 『そ、そんなことを言われても……』  困惑する自衛隊の声音に両兵は嘆息をつく。 「いつまでかかるやら……」  そう言葉にした瞬間、駐屯地に入ってきた車を目にしていた。  運転席から顔を出した南に両兵は胡乱そうに歩み寄る。 「ンだよ、他人任せでそのまんまかと思ったら、監視でもしに来たのか?」 「まさか。一応は信頼しているわよ。……それにしたって……あーあ。やっぱり、駄目ねぇ。立ち上がれさえしないじゃない」 「分かってンのなら代わってくれよ。オレだって、マニュアルは頭と身体に叩き込んでいるもんだから教えようがねぇ」 「そう言うと思ってね」  後部座席から降りてきたのは、チアガールの服装に身を包んだ赤緒とエルニィであった。赤緒は気恥ずかしげにスカートを押さえている。 「み、南さん……っ。この服、スカート短過ぎ……」 「えーっ、いいじゃない。似合っているわよ」  サムズアップを寄越す南に、両兵は呆気に取られていた。 「……おい、黄坂。何だ、こいつら」 「何だとは失礼だね、両兵。ボクらだって、南のわがままに付き合わされているんだから」  ふんと胸をそり返させたエルニィはしかし、ノリノリの様子である。南は静かに耳打ちしていた。 「ホラ、あんたたちだけでも充分だろうけれど、赤緒さんが何か手伝いできないかって言ってくれたのよ。だったら、応援くらいならってね」  赤緒とエルニィが自衛隊員へと駆け寄っていく。赤緒は慣れない衣裳のせいか、すっ転んでしまった。  慌ててスカートを押さえ、赤面する。 「……見ました?」 「……見てねぇ」  視線を逸らす両兵に赤緒は糾弾する。 「嘘ですっ! 絶対見た!」 「あー、うっせぇ。一回や二回じゃねぇんだ。同じだろ」 「違いますっ!」  後頭部を掻く両兵はこんなもので成果が出るわけが、と侮っていた。 「あのよ、人機操縦ってのは気持ちの問題だけじゃ解消しないだろ。何で連れて来たんだよ」 「やりたいことがあるってのはいいことなんじゃないの? それに、赤緒さんはあんたの役に立ちたいってのも考えて、この役を買って出たんだから」 「オレの? ……何考えてんだか」  エルニィがリズムを刻んで軽快に踊り始める。その真似をして、赤緒もエールを送るがどうにもぎこちない。 「……言っておくが、オレは頼んでねぇからな」 「あっそ。でもあの子たちが笑って手伝えるのは、あんたを信じているからなんだからね」  まただ、と両兵は感じる。アンヘルメンバーが笑えるのは自分を信じているから。そんなに託されても、自分は何も返せない。  何も、彼女らに残せないではないか。 「フレー、フレー! 自衛隊のみんなーっ!」  踊り慣れている運動能力の高いエルニィに比して、赤緒は飛び回るのも一苦労の様子だ。 「ふ、フレーっ……。立花さん……休憩しましょうよ……」 「赤緒ってば、まだ始めたばっかだよ?」 「身体重くって……」 「……ふぅーん。まぁ大体どこが重たいのかは予想できるけれど」  エルニィの眼差しに赤緒は胸元を隠す。  応援に対して、自衛隊員から声が発せられる。 『おおっ! 赤緒さんたちが応援してくださるんだ。やるぞ、みんな!』  おーっ、と声が相乗する。《ナナツーウェイ》が掛け声と共に歩み出す。それぞれ、何度倒れても諦めようとしなかった。  何度も立ち上がり、その度に、少しずつではあるが、操縦にもキレが宿ってくる。 「……ンだよ。女子供の応援でいいんなら、オレらが来た意味がねぇだろうが」 「そんなこともないんじゃない? この数時間、あんたたちが教えてあげたから、ここまで来たんでしょ?」  南のどこか確証じみた声音に両兵はふんと鼻を鳴らしていた。 「知らねぇな」  勝世は、と言うと赤緒たちへとカメラを向けている。どこから取り出したのか、と訝しんでいる間にもベストショットを探しているようであった。 「……ちょっと遠いな。こっちの角度からなら……」 「てめぇも何やってんだ。コケにされて悔しくねぇのかよ」  肘で突くと勝世は、まぁいいじゃねぇの、と応じる。 「背中を支えてくれる相手がいると違うって言ったろ? 自衛隊の連中にとってのそれが赤緒さんたちなのさ。なら、俺らは憎まれ役でいいだろうが」 「憎まれ役、ねぇ……」  どうにも釈然としないが、少しずつ自衛隊の人々は《ナナツーウェイ》を物にしつつある。両兵は呆れ顔で声にしていた。 「……力に溺れるって分かっていても、それでも力になりたい、か。なんつーか、それって……」  ――それは矛盾しているようで、違う。純粋に誰かを守りたいと言う、心根の現れ。 「……連中もある意味では、この国と誰かを守りたいって言う、守り人なのかもしれねぇな」  いや、きっと自衛隊が特別なのではない。  誰かを守りたい、力になりたいと言う気持ちはいつだって、人間を衝き動かす価値となるだろう。  自分にはあるのだろうか。  守りたいものは手を滑り落ち、守るべきものを永遠に見失ったと思える自分でも、価値が。  何を守り、何のために戦うのか。きっとそれが――人機を動かすのに必要なもの。 「なんつーか、拍子抜けだな。結局、気分かよ」  赤緒たちが自衛隊員のために跳ね上がり、声を張り上げて踊る。きっとそれも誰かのための戦いの一つであろう。 「でも大事でしょ? 気分ってのはね」  心得たような南の論調に、やられたな、と感じる。  都合よく潤滑油として使われたのは目に見えている。 「……で、オレらはまだ、自衛隊の面倒を看るってわけかよ」 「そりゃそうでしょ。でも、いつか彼らにも見えたらいいわね。私たちが南米で、人機に乗って戦っていた頃みたいに、守るべきものが……」  心の中に見据える、守るべきもの、守りたいもの。  そのためなら、きっと人間、無茶の一つや二つはできる。 「……ま、半分はてめぇの言う通りかもな。おい、そこ! もっとペダル踏み込め! そんなんじゃ、体のいい的だろうが!」  再び両兵は声を張る。  この国にも誰かを守り抜ける「守り人」がいるのだと信じて――。

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