「両、ちょっと顔貸しなさい」  突然に橋の下に現れた南に、両兵は寝そべったまま、乗せた雑誌だけを持ち上げて応じていた。 「ンだよ、黄坂か。まーた、あいつらのご機嫌うかがいなんてやる気はねぇぜ」  欠伸を噛み殺し、再びうつらうつらと眠ろうとして、両兵はソファを蹴り上げられた。そのまま地面へとずり落ちる。 「痛って! 何すんだ!」 「顔貸しなさいって言ってるでしょ! ちょっとは聞きなさいよ!」 「うっせぇな、アンヘルメンバーの面倒はてめぇが見ればいいだろうが。オレはできるだけどうだっていい時は自分の時間を作らせてもらうぜ」  雑誌を顔の上に乗せて眠りこけようとして、南の声が弾けた。 「寝るな!」 「……うっせぇ。何の用なんだよ。言っとくが、柊とか立花の問題なら……」  その言葉振りに南は嘆息をついていた。 「……今回ばっかりは、私。私の問題だから、顔貸しなさいって言ってるの」 「あン? お前?」 「そう。……まぁ、ちょっとあってね。ご飯奢るからちょっと来なさいよ」 「お前なぁ。オレが飯さえもらえればほいほいついて来るとでも……」 「あら? 言っていなかった? 私、結構もらってるんだからね。それなりのご飯にはありつけるはずよー?」  両兵はいそいそと準備を始める。それを目にして南は呆れ返っていた。 「……なぁーに強がってんだか」 「誤解すんな。オレは、今日何も食ってねぇんだ。そりゃ、誰かの飯にありつけるんなら、そいつは好都合だって話だよ」 「はいはい……。とりあえず、来なさいよ。車、要る?」  南の提示した車はなんと軽トラである。その様相に両兵もさすがに何かあったのだと察する。 「……何したんだよ。一応はトーキョーアンヘルのリーダーなんだろ?」 「まぁ、ちょっとね。ドライブしながら話しましょう」  両兵は助手席に座り、なかなかエンジンのかからない軽トラで欠伸を掻いていた。南は走り始めた軽トラの中でラジオを点ける。 「……何だか、久しぶりよね、両。こうしてあんたと私が二人っきりってのは」 「そうだったか? あー、でも南米じゃ、結構あったよな」 「青葉やルイには言えないわねぇ。あの子たち嫉妬しちゃうから」 「嫉妬って。なぁーんもなかっただろうが。オレとお前には」 「……まぁね。だってあんたは生意気盛りのクソガキだったし。でも、なぁーんにもなかったなりに、それでもあったものってなかった?」  両兵は南米での日々を思い返す。南とこうしてまともな車にも乗らず、道すがらだったことは、一度ではない。 「……そういや、あん時もひでぇ車寄越したよな。南米じゃ、馬鹿みたいに暑くってよ」  空を仰いでいた両兵はその光景が南米の陽射しに上塗りされていくのを感じ取っていた。  蒸し暑い南米での日々は、そうでなくとも水分やライフラインの確保が急務だ。  ゆえに、肉体労働は当たり前であり、整備班でも全員が水脈集めに当たっていた。それを眺めていた南は現太へと歩み寄る。 「現太さん! タオルどうぞ!」 「すまないね、南君。しかし……人機での水脈探りか。これはなかなか骨が折れる」  微笑んだ現太に南は水脈を窺っていた。《モリビト2号》がつるはしのように尖らせた鉄器を手にし、そのまま水脈を探り当てようとしているのだが、なかなかうまくいかない。 「こっちも全然なんです。《ナナツーウェイ》には、それなりに装備はあるんですけれど……」 《ナナツーウェイ》に乗り合わせたルイが作業用アームを振るい、水脈探しに貢献していた。ルイはまだ人機搭乗経験が浅いが、それでもやはりと言うべきか素質はある。ゆえに、男だらけの水脈集めにも駆り出されたわけなのだが。 「ルイ君に無理はさせないようにしてくれ。倒れたら元も子もないからね」 「はい! 現太さんってば優しいっ!」  南はくるくる回りながら《ナナツーウェイ》へと戻っていく。それに現太は息をついていた。 「少しでも人機を動かせれば男でも女でも関係なく、か。こういうのはよくないとは思うんだがね」 「おい、オヤジ。水脈とやらが移動しているみたいだが……これって南米ではよくあることなのか?」  軍からの払い下げのレーダーに映った謎の影に対して両兵が言いやる。その問いかけに現太は胡乱なものを感じつつコックピットへと戻っていた。 「待ってくれ。……移動? さすがにそれはあり得ない。両兵。これは多分、血塊だ。水脈ではないね」 「血塊って……人機を動かすのに使う血塊のことか? 動いているってこたぁ、これが……」 「ああ、古代人機だ。しかし、無暗と仕掛けるのは賛成しない。両兵、後でこの辺りの岸壁を爆破して古代人機が基地へと近づけないようにする」 「ンなもん、倒しちまえばいいだろうが」  やれやれ、と現太は逸る両兵の言葉に頭を振る。 「……古代人機はいわば、生きている血塊炉。こちらは戦闘用とは言え、十八世紀のものを未だに使っているんだ。最新の生きた血塊炉と戦うのには、少しばかり戦力が心許ない」 「《ナナツーウェイ》もいる。やれんだろ」  両兵もまだ人機に乗って日が浅い。ゆえに勝てると言う判断なのだろう。現太は幾度となく古代人機と矛を交えてきた経験則上、必要以上の戦闘は推奨していなかった。 「駄目だ。戦うよりももっと賢い道がある。水脈掘りはこのまま継続するとしても三十分が限度だな。一度、基地に戻って爆薬を用意しよう。両兵、《ナナツーウェイ》と協力してあと三十分だけ頼む。私は一度戻ろう」  現太は《モリビト2号》からトラックに移り、両兵へと言葉を投げる。 「いいか? 絶対に必要以上のことはするなよ」 「現。そこまで心配ならせがれだけ残すことはないんじゃねぇか」  その言葉に現太は言葉を返す。 「なに、両兵だってそれなりの操主だ。無意味に危険なことに首は突っ込まないだろうさ」  離れていく現太は《モリビト2号》を見やり、ふとこぼす。 「……戦いは、虚しいだけの結果ももたらす。できれば古代人機との防衛戦も、最小限に抑えたいのは、エゴだろうか」 「水脈掘りもあったわねぇ……。あんた、あの時なんて言ったか覚えてる?」  南の問いかけに両兵は、ああと応じていた。 「《ナナツーウェイ》と一緒なら、古代人機だって目じゃねぇって言って……、オヤジたちが帰ってくるまでに古代人機とかち合おうとしたんだ。馬鹿だよな。てめぇの力量も分かってないで、どん詰まりの戦いに挑んだんだから」 「本当、そうよね。私も若かったから、《モリビト2号》とナナツーならやれると思ったのよねぇ……。現太さんにいいところも見せたかったし、あんたみたいなのでも現太さんの息子だから、こいつのポイント稼いでおけば後々有利って思っちゃったのよねー……」 「悪かったな。オレみたいなので」 「今じゃ、褒め言葉よ。でもま、あの時は困ったもんよ」  思い返しながら、南は軽トラを運転する。車内を流れる流行歌に、自然とハンドルを切る手がリズムを刻んでいた。  南米では様々なことがあった。それもこれも、人機と言う一つの荒波に揉まれた結果だろう。  思い返せば苦い思い出だってある。  水脈掘りの話は、その中の一つであった。 「だからよ、オヤジたちが帰ってくるまでに、オレたちだけで古代人機をぶっ潰すんだ。そうすりゃ、オヤジだって見直すはずさ」  両兵の提言に南は苦言を呈していた。 「古代人機とかち合えって? 《ナナツーウェイ》は戦闘用じゃなくって作業用よ? どうやって……」 「爆薬があるんだろ? 使えばいい。古代人機が下を潜っているところを狙い澄まして、ボン! ってやりゃ、労せずして倒せる」 「……いくら軍からの払い下げのレーダーがあるって言っても当てにならないのよ? 賭けじゃない」 「ンだよ、賭けは嫌いなのか?」 「分の悪いのはね。両兵、あんた、頭悪いんだからこういうことは慎重にしないといけないって分からない?」 「アタマ悪いたぁ、何だ! こちとらてめぇよりか勘はいいと思ってるし……何よりも女が人機なんざ、気に入らねぇ」 「あら、私はあんたよりも操主歴長いのよ。先輩に利く口じゃないんじゃないの?」 「先輩だと思わせたきゃ、この賭けくらいには乗れよ。それともてめぇ、怖いのか?」  その挑発に南はまんまと乗ってしまった。 「怖いですって? 誰かさんと一緒にしないで! 古代人機くらい、叩き潰してあげる!」 「おーっ、そう来なくっちゃな。マセガキはどうするんだ?」 「ルイは私の子供よ? 操主としての腕も確かだし、この作戦には乗るわよね? ルイ」 「……バッカみたい。大人じゃないのね」  べ、とルイが舌を出す。南は後頭部を掻いていた。 「生意気ねー、あんたも。まぁでも、爆破するにしたってモリビトのレーダーを頼ることになるけれど」  両兵は《モリビト2号》の頭部コックピットへと入り、声を張り上げる。 「こっちで合図を寄越す。つるはしを思い切り上げるから、その時にポイントの合言葉を言うぞ? いいな。合言葉はポイント12地点、現時刻は……14時52分だから、1452、だ。ポイント12、1452。それで爆破してくれ。そうすりゃ、やれるはずだ」 「……随分といい加減な塩梅だけれど、あんた自信あるの?」 「うっせぇな。てめぇこそしくるなよ」  売り言葉に買い言葉で互いに罵り合う。南はコックピットに入るなり悪態をついていた。 「なんて、偉そうなガキ! あんなのが現太さんの血を受け継いでいるなんて信じられない!」 「……南もコドモ。あんなことで熱くなるなんて」  ルイの言葉に南はいきり立って反発する。 「いい? ルイ。何とでも古代人機をぶっ飛ばすのよ! そのためなら手段は選ばないわ」 「はいはい。南の勝手な約束でこっちの命まで掴まれたら堪ったもんじゃないわ」  下操主を務めるルイが《ナナツーウェイ》を稼働させ、爆薬をポイントへと仕込む。ナナツーの特殊な作業アームは精密な作業も可能にする。穴を掘り、爆薬を仕込むのはそれほどに苦労の要る話ではなかった。 《モリビト2号》が相手を索敵しているのか、周囲へと目線を配っている。  南は息を詰めてモリビトの挙動を観察する。  その時、モリビトがつるはしを上げた。 『ポイント12!』 「1452! これで!」 それと合わせて爆薬を起動させる。地脈を伝い、爆薬の衝撃が地面を激震した。 「やった! ドンピシャ!」  爆発は間違いなく地下を伝う古代人機を粉砕したかに思われた。しかしその直後である。 「駄目っ、南!」  ルイが咄嗟に操縦桿を引き、《ナナツーウェイ》の姿勢バランスを崩す。文句を垂れる前に、先ほどまで頭部があった空間を何かが引き裂いていた。 「古代人機の……触手……?」  帯状の古代人機の触手が《ナナツーウェイ》に向けて地下空間より放たれる。下操主のルイが声を弾けさせた。 「南! こいつ、狙ってきている……! 爆薬じゃ、始末できなかった!」 「ど、どーすんのよ。私たち、まんまと古代人機を怒らせちゃったってこと?」 《ナナツーウェイ》が後退する。それを阻んだのは《モリビト2号》だ。 『何やってんだ! 敵はまだいるんだろ?』 「戦闘用人機じゃないのよ、ナナツーは! 下手に仕掛ければ、全滅――」  浮かんだ最悪の想定に次の瞬間、帯状の触手が《モリビト2号》の腹部へと入っていた。装甲板を割り、モリビトが貧血状態に陥ったのか、首を項垂れさせる。 『な……モリビトのシステムがダウンした……?』 「ルイっ!」  襲いかかる古代人機の気配にルイが即座に反応し、作業用アームを振るい上げさせる。 「これでっ!」 《ナナツーウェイ》の作業用アームが古代人機へと叩き込まれ、相手の勢いを削ぐ。それでも抑止し切れない衝撃波が二機の人機をもつれ込ませ、直後、コックピットより三人は吹き飛ばされようとしていた。 「……あの時は本当に死んだと思ったわ。後にも先にも、無茶をするもんじゃないってね」 「……おい、黄坂。飯にありつけるって聞いたから来たんだが」  両兵の不機嫌な声に南は疑問符を浮かべる。 「そうだけれど? 何?」 「牛丼屋じゃねぇか! ンだよ……着いてきて損したぜ。これなら神社でたかったほうがマシだったな」 「……あんた、本当いつか祟られるわよ。牛丼でも立派なご飯でしょ」 「……まぁな。にしたって、昔話をするのに牛丼か」  南は牛丼へと思い切り七味唐辛子をかける。途中、蓋が取れてごっそりかかってしまった。 「……相変わらずだな。バカ舌め」 「バカ舌じゃないわよ。辛党って言ってちょうだい」 「へいへい……。にしたって、あん時はマジに死んだかと思ったよな」  ええ、と南は応じる。口の中に広がった香辛料の味と安っぽい牛丼の味を噛み締めた。 「ナナツーとモリビトのコックピットから投げ出されて……。三人ともよく生きていたとは思うわ」  ハッと気づいた時、《モリビト2号》の上に《ナナツーウェイ》が乗りかかる形であった。モリビトが身を挺して守ったのか、と思ったがどうやら咄嗟の判断であったのは、直後の両兵の声で感じ取る。 『どけ! ナナツー重ェんだよ!』  その粗野な言葉に、やはり性格は最悪だと南は実感する。 「……ルイ。思いっきり、退いてやって。……ルイ?」  返事のないルイに南は下操主を窺う。ルイは瞼を閉じていた。思わぬ事態に南は狼狽してしまう。 「ねぇ、ちょっと……! ルイ! ルイってば!」 『どうしたんだ……。まさか……!』  モリビトのコックピットより両兵が駆け寄り、ルイを診る。 「どうしよう……ルイが、ルイが……」  まごつく南に両兵は即座に決断していた。 「……気絶しているだけみたいだが、どっか打ってるかもしれねぇ。早いところこっからずらかるぞ。古代人機はどうやら興味を失ったみたいだからな」 「ずらかるって……。人機は動かせないんでしょ! どうやるって言うの! ルイが……ルイが……!」  うろたえた自分に両兵は声を張り上げる。 「しっかりしやがれ! てめぇ、親なんだろ! だったら、このガキが助かるように願って最善を尽くすのが、親じゃねぇのか!」  その言葉にハッとする。両兵は《ナナツーウェイ》の作業用コンテナに格納されている非常用の軽トラックのエンジンをかけていた。 「乗れ! 少しばかり飛ばすぞ!」  促す両兵に南は足が竦んでしまっていた。自分の判断ミスで全員死にかけた。その責任は負わなければならない。 「……私、行けない。現太さんに合わせる顔がない……」  ここで静かに反省するのがお似合いなのだ。そう思った直後、両兵は自分の手を無理やり引き、抱えていた。思わぬ膂力に困惑する。 「ちょ、ちょっと! 両兵……! どこ触って……」 「マセガキも助ける。てめぇも助ける! それじゃ駄目なのかよ!」  言葉を失った自分を他所に、両兵は軽トラのハンドルを確かめアクセルを踏み込む。 「……あんた、車を運転したことあるの」 「いんや、初めてだ。ま、人機よりかは楽だろ」 「……呆れて物も言えないわ」  座席に抱えたルイはきちんと呼吸している。生きている、という実感に南は項垂れていた。自然と零れ落ちる涙に、両兵は言葉を投げる。 「泣くな」 「……泣いてない」  軽トラの振動。車輪が巨大な木の根を踏んでいく。 「ウソこくんじゃねぇよ。泣くなって」 「泣いてない!」  いきり立って反発した南に、両兵は笑いかける。その様子に南は呆気に取られていた。  目の端に溜まった涙を拭い、尋ね返す。 「……何で笑うのよ」 「いや、オレもてめぇも、結局おんなじだって思ってな。意地張って、無茶やる単細胞バカなんだよ。で、バカと無茶やるクセに、いざのところで弱ぇ。そういうところも、なんかそっくりだって思っちまってな」 「……あんた、弱くないでしょ」 「いや、オレだって似たようなもんだ。バカやってから後悔するタイプさ。ま、後で散々、キレられんのは分かってからよ。ここはこうして笑えるのかもしれねぇな」 「……へそ曲がり」 「うっせぇ。てめぇも似たようなもんだ」 「ねぇ、両兵……。いや、両って呼んでいい?」  どうしてそう尋ねてしまったのか分からない。だが、先ほどまでとは印象が変わっているのは確かであった。 「呼び方なんざ好きにしろ。軽トラの運転は初めてだから、一応は集中してるからな」 「……面倒かけて、ごめん」  感謝の言葉が出ず仕舞いであったが、それでもこれが精一杯の自分であった。  揺れる車内で三人分の呼吸だけが確かなものであった。 「……悪かったわね。連れ出して」  橋の下で降ろされ、両兵は文句を垂れる。 「結局、何だったんだ?」 「べっつにー。たまにはあんたをちょっと独り占めしようかなって思っちゃって。あんた、最近モテモテだからねー」  軽トラに背中を預けた南に、両兵は胡乱そうな声を返す。 「モテてねぇし、てめぇも身勝手な奴だな、おい」 「そうよー。私は身勝手だって、知らなかった?」  問い返すと、小気味いい返事が飛んでくる。 「いんや……よぉーく知ってるぜ。てめぇは昔から身勝手だ。――黄坂南」 「そっちもね。――小河原両兵」  手を振って軽トラに乗り込む。何事もなかったかのように戻るのも何だか癪で、南は呼びかける。 「両! 合言葉は?」  応えてくれるかは分からない。それでも問うた昔の言葉に両兵は振り返らずに応じる。 「ポイント12、1452!」  手を振る昔馴染みに南はそっと微笑んでいた。 「……ありがと」  素直に感謝が言える。これが、今の私――。

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