柊神社の鳥居の前でむすっとしている二人へと赤緒は目を向けていた。  片や、水色の髪をカニバサミの髪留めで結ったルイ。もう片方はトーキョーアンヘルの頭脳たるエルニィだ。  そういえば、この二人はあまり話しているのを見たことがないな、と赤緒は思案を浮かべている最中にも、二人の間に流れる微妙な緊張感が加速する。 「……あのさ。言ってなかったかもしれないけれど」 「何? どうせ、ロクでもないことなんだろうけれど」 「……ロクでもないとは心外だなぁ。ボクはこれでも人機の開発主任。南から全機の整備だって任されているんだ。それを……」 「南に任されているからって、だから偉そうにしてもいいの? 随分と楽な立場ね」  ムキー、とエルニィが怒りを発しようとしたのを赤緒がなだめていた。 「立花さん! 駄目ですって。喧嘩は御法度です」 「むっ……。赤緒ってば、ルイの味方なの?」 「えっ……それは……」  視線を泳がせる赤緒へとルイは語りかける。 「違うわよね。赤緒は私の味方のはず」  二人に駆り立てられて赤緒は言葉をなくす。それでも二人分の視線を流すわけにはいかない。 「……ホ、ホラ! 私は皆さんの味方ですからっ!」  その答えに二人してげんなりする。 「……出たよ。いい人ぶりたいんだよねー、赤緒って」 「そういうところ、ある。直せば?」  二人分の文句に赤緒は呆然とする。 「……もうっ! 何なんですか、お二人とも。喧嘩の仲裁なら、小河原さんにでも……」 「両兵は駄目だって! 暴力で解決だもん」 「……私も小河原さんは駄目だと思う」  二人の意見は噛み合っているのか平行線なのか。決定的なものを得られないまま、石段に座り込んで憮然として動かない二人を赤緒は持て余していた。 「あの……お一人ずつ、お話を聞いてもいいですか? その、お二人ともだと、どうにも解決しなさそうなので」 「じゃあボクからー。赤緒、ちょっとそこの行燈まで」 「えーっ……。聞かれたらまずい話なんですか?」 「……っていうか聞かせたくない」  どうしてこうも意固地になっているのだろう。疑問のまま、赤緒はエルニィと共に行燈の陰で声を潜める。 「……何なんです? 喧嘩ですか?」 「……喧嘩って言うか、ルイだけデータを取らせてくれないんだ。他のみんなは快く応じてくれるのに、ボクのメンテが信用できないみたいな言い草するからさ。ちょっとカチンと来ちゃったわけ」 「あー……。確かにルイさん、そういうところありますよね。一匹狼と言うか……」 「でしょー! 赤緒なら分かってくれるよね? ボクのほうが正しいって」  素直に頷けないまま、赤緒は、でもと声をしぼませた。 「だからって、喧嘩は駄目ですよ。ルイさんだって言い分はあるはずですから」  仲直りさせるべく放った言葉であったが、エルニィは納得いかなかったようだ。腰に手を当て、憮然と言い返す。 「だったら、赤緒が聞いてよ。喧嘩は嫌なんでしょ?」  ぷいと視線を背けたエルニィは再び石段に座り込む。どうしても譲らない二人に、赤緒は嘆息をついてルイに囁きかけた。 「あの……どうしてこんなことに?」 「聞きたい? ……じゃあこっちに来て」  呼び出されたのは神社の境内の裏であった。思えばルイとまともに話したのはそれほどない。地雷を踏まないであろうか、と赤緒は戦々恐々した。 「……私の人機、《ナナツーマイルド》、あるわよね」 「あー……、ありますね。それがどうかしたんですか?」  ルイは突然、地面を蹴りつける。その一動作で赤緒は肩をびくつかせた。 「あの変人メカニック、あれは人機じゃないみたいなこと言ったの。男性型じゃない人機は運用方針からは外れているって。でもそれって、私だけじゃない。さつきだってそうじゃない? だから気に食わない」  確かにルイの操る《ナナツーマイルド》は特殊スタッフの技術提供が施された特殊機だ。既存の人機とは一線を画するデザインと運用性能はメカニックを担当するエルニィからしてみれば頭を悩ませる種だろう。  赤緒はできるだけ穏便な着地点を探そうとして、そういえば二人はどうして顔見知りなのか、という疑問に辿り着いた。 「……でも、今に始まった話でもないでしょう? お二人って、確か顔馴染みのはずじゃ……」 「南米でちょっと会っただけよ。まともに話したこともない」  断じられた声音の冷たさに赤緒は絶句する。まさかルイがここまで嫌悪を催しているとは思えなかったので少し面食らったほどだ。 「えっと……でもその、立花さんだってそれなりに親交があったわけじゃないですか。私よりも付き合い長いでしょうし……」 「赤緒はポッと出でしょ。あんたとは操主のキャリアが違う」  痛いところを突かれ赤緒は言葉を失う。操主としての熟練度はルイが圧倒的に優勢。エルニィだって操主には違いない。  この場ではせめて、二人の意見の折衷案を見つけ出すのみであった。 「えーっと……。じゃあこうしましょう! お二人の意見を私が何とか纏めます。それで手打ちと言うのは……」 「手打ち? できるの? アルファーも使えないのに」  容赦のないルイの舌鋒に赤緒は半泣きになる。 「そうでした……。で、でもでもっ! 私にだってお役にたてるはずですっ!」 「勝手にすれば。私は動かないから」  またしても石段で消耗戦だ。二人は互いに反対方向に視線をやったまま、絶対に見向きもしない。  赤緒は何とかして二人の共通の話題を探そうとして、やはりポッと出の自分では見つからないことに絶望する。 「あのー……、じゃあルイさんの《ナナツーマイルド》を、ホラ! 立花さんが気に入るように改造しちゃえば……」 「何言ってんの! 赤緒ってば馬鹿なの? あんなの、手を加えたくもない!」 「……本当、赤緒って能天気ね。私だって願い下げ」  二人分の罵声を浴びてこちらが参ってしまいそうだ。肩を落とした赤緒は、うぅんと呻る。  二人は絶対に自分たちからは譲らない。自分が立ち入ったところで逆効果なのは火を見るまでもなく明らか。 「でも、いつまでもここで意地をぶつけ合っても……」 「ルイが《ナナツーマイルド》をまともな人機じゃないって言わない限り、ボクは動かないよ」 「こっちだって。お節介と余計な改造趣味だけが取り柄の自称天才には触らせたくもない」  一触即発だ。このままではこの火花散る関係がいつまでも続いてしまう。  どうすれば、と考えを纏めあぐねていた赤緒は石段を上がって来た両兵を視野に入れていた。  エルニィが早速声をかける。 「あーっ、両兵、橋の下から戻って来たんだ?」 「おう。今日は天気が悪くなりそうだからな。ちょっくら宿借りるぜ」 「別に構いませんけれど……。その……差し迫った問題がありまして……」 「ンだよ、ケチくせぇな。おい、立花。《モリビト2号》の操縦系統、ちょっと早くしてくれて助かったぜ。これで敵と渡り合える」 「えへへー。やっぱりボクっって天才だからねっ!」  胸を張ったエルニィへと両兵が微笑みかける。それを恨みの視線で睨んでいるのはルイの側だ。  恐ろしいほどの目つきの鋭さに赤緒のほうが慌てふためいてしまう。 「おう、そういや黄坂のガキも一端にやるようになったじゃねぇか。あの細身のナナツーなら高機動の相手にも順応できるな。南米で鍛えた操主の経験、それなりに期待してるぜ」  ルイがぼっと赤面し、顔を逸らした。明らかな反応の違いに赤緒が戸惑う番だ。 「ねぇねぇ! 両兵は細身の人機って、やっぱり邪道だと思うよね? 人機ってのはガッシリしてないと!」  腕を組んで自信満々に言い放ったエルニィに両兵は思案を浮かべた。 「まぁな。《モリビト2号》もそうだし、男型の人機のほうが純粋にパワーも出る。分かりやすいっていう点で言えば、今までの人機の構造のほうがいいかもな」 「でしょー。だから、《ナナツーマイルド》ってやっぱり駄目だよねー」  エルニィのにこやかな攻撃に赤緒はルイを窺う。震えているのは否定されるのが怖いからか。フォローの言葉を投げようとして、直後の両兵の言葉に遮られた。 「いや、そうでもないんじゃねぇか? 奴さんはどんどん強くなってやがる。それに対応するのに、ジョーシキってのもたまには邪魔になるだろ。八将陣をブッ飛ばしたんだ。機体性能でも、操主の力でも評価はすべきなんじゃねぇのか?」  思わぬ返答にエルニィと共に赤緒は押し黙ってしまう。当のルイは、と言えば呆気に取られたような顔をしていた。 「ま、勝てりゃ申し分ねぇだろ。オレは別段、女型の人機もアリだと思うぜ。立花はそういうのナシって言うタイプだったか?」  思わぬ問いかけにエルニィが困惑して応じる。 「……ま、まさか! 常識に縛られてるんじゃ、人機メカニックの名が廃る! 《ナナツーマイルド》と《ナナツーライト》を最高の人機に仕立ててあげようじゃん!」  エルニィの言葉に両兵はルイへと言葉を振る。 「お前はそういうところにこだわらねぇだろ? 人機操主としての経験も豊富だ。どーでもいいことで熱くなったりもしねぇはずだが?」 「……そんなの、決まってるじゃない」  赤緒は舌を巻いていた。両兵本人には仲裁したつもりなどないのだろう。  しかし、この永久氷壁のように融けないと思われた難問を、両兵は何でもないことのように解決してみせる。  その立ち振る舞いに放心していた。 「……何だ? 柊。アホ面してんぞ?」 「い、いえっ! ……小河原さんも、いいところあるんですね」  こちらの言葉に両兵は胡乱そうにする。 「ンだよ、人機に乗る以外、取り柄がないように見えていたか? ま、そう見えたっておかしくはねぇがな」  歩み去り際、両兵は声を張る。 「立花! それに黄坂のガキ! ……てめぇらにしかできないことは山ほどあるんだろ? だったら、こんな場所で燻ぶっている場合かよ」  それは二人を焚き付けるのには充分であったらしい。エルニィはルイへと向き直り、渋々口にする。 「……まぁ、一機でも戦力には違いないし。《ナナツーマイルド》、ボクが直々に見るよ」 「……メカニックの手も足りていないのは現状。しょうがないから、弄らせてあげる」  氷解した設問に赤緒はすぐさま両兵の背中を追いかける。  彼は険しい面持ちのまま柊神社の軒先に座り込んだ。片手には愛刀が携えられている。 「あの……分かっていたんですか?」 「あン? 何が」  二人の溝を分からずに埋めたというのか。その事実に衝撃を受けている赤緒へと、両兵は耳をほじくりながら応じる。 「まぁ、浅くはない付き合いだからな。それなりにあいつらの考えていることくらいは分かるさ。立花は一度決めたことは曲げない偏屈だし、黄坂のガキだってそれは同じだ。あの二人が衝突すれば、それなりに面倒なのはよく分かる」 「だったら、やっぱり仲直りに貢献してくださったんですね」  その言葉に両兵は顎に手を添える。 「……仲直り、か。まぁ、どうなるかは知らねぇけれどな。ただまぁ……キョムとの戦いを控えているのに、内輪揉めしてる暇ぁ、ねぇだろ? それは柊、お前もだぜ?」  思わぬ返答に赤緒はきょとんとしてしまう。 「私、も……?」 「慣れない仲裁なんてすんなって。お前は……そうだな。空気読めないままでちょうどいいんじゃねぇの?」  微笑みかけた両兵の背中を、赤緒はむすっとして小突く。 「……何ですか、それ。褒めてないですよね?」 「はいはい、よくやってるよ、お前は」 「そーいう! 適当な褒め方はやめてくださいよ!」  互いに笑い合う。そうだ、今だけはほんの少しだけでもいい。この平穏を、僅かでも永遠に――。  それを見張る二人分の眼差しに、赤緒も両兵も気づけていなかった。 「……ルイ。本当に強かなのは、赤緒かもね」  その結論にはルイも首肯する。 「天然男たらし……。観察を続ける必要がありそう」 「だね。これからもよろしく。《ナナツーマイルド》の操主さんっ!」  差し出された手をルイは僅かな躊躇の後、繋いでいた。 「……よろしく。人機のメカニック」 「そこは天才って言ってよ! でもまー、こういうのもいいじゃん」  二人が手を繋いだのは、この時が初めてであった。

© 2018,2019 綱島志朗 公式サイト 合同会社TAK